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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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 ダンッ、と鈍い音が響いた。
「技あり!」
 審判が叫ぶ。湧き上がる歓声。
 ―――どうやら、今ので勝敗が決まったらしい。
 ぼんやりした頭で、それのみ理解する。それ以外のことはわからない。なにせ久瀬(くぜ)穂香(ほのか)は、柔道のルールなんて、さっぱり知らないのだ。恰好が恰好だから、「ああ、これは柔道の試合なんだ」とわかる程度。空手と間違えなかったことが奇跡。ここにいるのだって、ほんの偶然。ただの気まぐれ。
 だから、“それ”だって、偶然。…でも、気まぐれなんかじゃ片付けられない。
 なんとはなしにみた、敗者の姿。
 彼は、上半身だけ起こして、ジッと勝者を見ていた。ピンと伸びた背筋。鋭い眼光。
 その瞳には、非常に静かだった。どこまでも静かで、けれど確かに、なんらかの決意が込められた瞳。ギラつくような強烈さは無く、ただひたすらに強い、光。

 ―――――――――それに、魅せられた。

 **********

「で、めでたく一目惚れ、と」
 友人が恋に落ちた顛末(てんまつ)を聞いたところで、彼女――安城(あんじょう)美津(みつ)には、特に興味のない話だったのだろう。どちらかといえば、自分の爪の状態の方が気になるらしく、先程からしきりに触っている。
「ほん………っとに、すごかったんだから!」
「はいはい、わかったわかった」
 気の無い返事に、う~…と唸る。なんでこの子、こんな素っ気ないのだろう。自分の友人が必死に話しているっていうのに。穂香はそれが、少しばかり不満だ。
 ぷくり、と膨れた頬を一瞥した美津が、次にその頬をプスリと突いた。逆の方に空気が押し出されて、より変な顔になる。ブハッ、と吹き出したのはそうした張本人だ。
「………みっちゃんの馬鹿」
「あはは、ごっ…めん、ってば。いやでも傑作。ほんとスゴイいい仕事したと思うわアタシ!」
「な、にそれー!」
 ひどいよひどいよ、とペシペシ美津を叩けば、落ち着きなさいと逆に諭される。誰の所為だと。その言葉は、グッと飲み込んだ。
 ともあれ美津の興味は、ようやく爪から友人へ移ったようだ。
「穂香が一目惚れしたのはわかった。うん、スポーツやってる時って、普段より二割増しでカッコよく見えるって相場が決まってるものね」
「ふ、普段からカッコいいんだよ!」
「普段なんて、アンタ知らないでしょーよ」
 的確な指摘に、うぐ…と言葉を詰まらせる。
「第一、そこでポーッとして、名前やら学校名やら、ぜーんぶ見てこないって、どういう了見?」
 柔道の大会なんてね、そうポンポン開かれてるもんじゃないのよ。となんとも耳の痛い言葉に、穂香はますます項垂れる。そうなのだ。あまりに見惚れすぎて、彼の情報を得ることをすっかり忘れてしまったのだ。その事実に気付いた時、どれほど愕然としたことか。
 おまけに、何回戦だったのかさえもわからないため、候補を絞ることさえ無理だった。かろうじて、大会の日にちから、それが個人戦だったということがわかったくらいだ。それから、大会名。どうやら新人大会、らしい。三年生はこの時期にはもう、部活を引退している。つまり、穂香の想い人は、一年生か二年生だ。逆に言うと、そのくらいしかわからない。それだけの情報で彼を突き止めるなど、土台無理な話である。
「あーっ、神様お願いします、私を今すぐ先週の土曜日にお戻しください!」
「神様はそんな願いをいちいち叶えてるほど暇じゃないわよ」
 穂香の叫びをバッサリ切り捨てた美津の瞳は、「しょうがない子ねえ…」という眼差しで彼女を見つめている。
「なんか他になかったの? ほら、身体的特徴とか」
「………。見れば、わかると思うんだけど」
「見てわからないと抜かしたら殴るわよ。それか、今まさにそうしてあげましょーか?」
「けけけ結構です!」
 慌てて首を横に振る。どうやら自分は、友人相手に、言わなくてもいいことまで口にしたらしかった。
「はあ~…もうかんっぺき、情報ゼロだわ。探すなんて絶対無理。むしろそれで探し出せたなら、諸手(もろて)を挙げて応援してあげるわよ」
「も、て…え、えーと?」
 目をぱちくりと瞬かせていると、ハア…と目の前で美津がため息を吐いた。
「要するに! そんな条件で探し出せるわけないから、もしそれができたら、いっそ運命だと思って全力で応援してあげるわよ、ってこと!」
「ほ、ほんと!? みっちゃんありがとう!」
「…………」
 美津が完全に押し黙った。
「でも運命って…素敵な響きだよね」
 ぽうっと頬を朱く染めながら、夢見がちに宙を見つめる穂香に、美津が「アタシはむしろ、なんでアンタの頭の中がそこまでお花畑なのかが知りたいわ」と冷めた声で呟いたが、当然のように穂香の耳には届いていない。頭の中が、彼の真っ直ぐで強い眼差しに、埋め尽くされていたからだった。
 いつかもう一度、会いたい。
 あの瞳を、見たい。
 一目でも見ることが叶ったなら、穂香にはそれを“彼”だとわかる自信があった。それほど、あの瞳は印象的だったのだ。背格好も、何もわからないけれど、あの瞳だけは、絶対に忘れない。
「あのね…先に言っとくけど、過度の期待はしないことよ、恋愛初心者。期待した分裏切られるのが、世の中の常識なんだからね」
 美津が呆れたように、それでいて心配そうに、言う。
 うんうんとニンマリ緩んだ頬をそのままに一定間隔で首を振る穂香の姿に、こと恋愛においては彼女よりもずっと大人な友人は、本日何度目かのため息を吐いたのだった。


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君が魅力的すぎる件について
どうしようもなく溺れてしまうくらい、魅せられてしまったの。たった一瞬で。





 

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