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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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 ワアアアアア、と歓声。いつかと同じ。けれど決定的に違うのは、穂香が偶然この場にいるわけではないこと、だろうか。
 一年前の歓声は、今よりずっと近い場所から聞いていたはずなのに、その時よりもずっと大きく聴こえる。それは、声が向けられるその場に、選手としてではないにせよ、こうして立っているからか。
 マネージャーになってから、何度か大会にも引っ付いていった。だからこれらの熱意に触れるのは、決して初めてではない。だが、この大会――秋口にある新人大会は、穂香にとっても思い出深いものである。他の誰かと共有することは、未だ叶っていないが。
 それもいいかな、と最近では思っている。
 視線を動かすと、一心に前を見る立橋の姿。
 トクリとときめく心は、一時期よりもずっと落ち着いたものになっている。さすがに一年も経てば、赤くならずにしゃべることだってできるようになった。「うん、バレにくくなった。後輩には絶対にバレてない」と星井からのお墨付きも貰った。なんとなく、言葉のニュアンス的に、「あれ、じゃあ後輩以外は…?」と訊き返したくなったのだけれど、わざわざ自分の傷を深くするものではない。ぐっと堪(こら)えた。
 ―――その彼女は、もうこの場にはいない。
 三年生、大学受験を控える身となった彼女は、少し前に引退した。これは、先輩がいない初めての大会でもある。そういう意味でも、少しばかり、緊張は募る。
(あ、でも時間作って見に来るって言ってたから、そのあたりにはいるのかも)
 ふと星井の言葉を思い出し、きょろきょろと観客席を見渡す。…だめだ、人が多すぎてわからない。美津と真樹も気が向いたら観に来る、とのことだったが、実際来たかどうかは、これでは後で確認しなければわからないだろう。
 ふ、と息を吐く。いけない、余所(よそ)に意識を取られるな。見るべきは何かを、しっかり頭に叩き込まねば。選手に気取られたら、彼らの邪魔をしてしまう。
 そこまで考え、また横から別の想いが入る。
 自分も大概、染まってきたなあ、と。
 運動がからきしだめな自分が入って、果たして最初はどうなることかと思ったが、運動ができないことと、運動に対して真剣になれるかどうかは、別物らしい。
 だからこそわかる。わかってきたと思う。日々、少しずつ。―――立橋が、いかに柔道に掛けているのか。そこに、別のものを入れる余裕はないのか。
 その度に沈む気持ちは、未だに健在だけれど。応援したいな、と思う。一心に夢を見据える姿に、自分は惹かれたのだから。だから、これでいいのかもしれない、とも思う。たとえ、自分が隣にいなくとも。彼が羽ばたくのなら、それはそれで。心の底から喜べないとしても、…それも仕方がないことかもしれない。
 そんな風に、納得させる術(すべ)を身に付けた自分は、恋愛力が上がったのか、それとも下がったのか。
(ビミョーなところだなあ…)
 思わずクスッと笑ってしまう。美津に言わせると、「まあ、ひたすら夢見るお年頃から抜け出したってことじゃないの?」ということらしい。夢を見ている人を想っているのに、なんて皮肉。…そんなことを言って笑う余裕は、生まれた。
「久瀬センパイ、こっちこっち!」
 自分を読む声に、ハッと我に返る。それにしても、先輩か。その響きは、もう半年以上経っているのに、未だにむず痒い。「はーい、今行きまーす」と元気よく返事をして、穂香はそちらに駆け寄った。
「もー、センパイぼうっとしてるから、迷子になったかと思ったよ」
 そう言ってぷっくり頬を膨らませるのは、穂香の…というよりは、立橋の後輩と呼ぶべき存在だ。初の大会だというのに、穂香よりもよっぽどか余裕を見せている。細見の身体つきではあるが、立橋曰く、「あいつは伸びるよ」とのことらしい。去年の立橋自身がそうであったように、彼は今年の“期待の新人”だ。
 それならば。
 もしも、彼の姿に、誰かが心惹かれたとしたら。
 それは、本当の意味で、穂香の“後輩”ということになるのだろうか。そんなことを考えて、また笑った。
「え、なにセンパイ。おれなんか可笑しいこと言った!?」
「あ、違う違う。ごめんね、ただちょっと去年のこと思い出しただけ」
 慌ててブンブンと手を振り否定する。後輩は少し不満顔だ。
「ワタシが目の前にいるのに、他のことを考えるなんて………浮気者!」
 言っていることは、相当とぼけているけれど。穂香は思わず笑い出した。初の大会でこれだけふざけられる度胸。確かにこの先、柔道部を引っ張っていける器ではあるのだろう。
(でも………)
 立橋の言葉を思い出す。あいつは伸びる、そう告げた後に、でも、と続いたその言葉。「それでも俺には敵わないけど。ていうか、負けてやる気、ない」―――そう言って、不敵に笑った。
 ここ一年見てきて、知ったことも多い。
 いつも爽やかというイメージを周囲から持たれているが、そのわりに、柔道関連では自信家で、その根っこには彼自身の努力があること(その実、そこまで余裕があるわけではない、と本人は苦笑していた)。
 体育の成績はいいのだけれど、勉強に関してはオールラウンダーとは言い難く、特に古文が苦手で、テスト前にはいつも苦労していること(結局二年生でもクラスは違ってしまったのだが、テストの面倒を見るようになって、わかった。逆に苦手な数学では、穂香が面倒を見てもらっている)。
 映画が好きで、休日に時間があれば、アクションものからドキュメント、ホラーに至るまで、なんにでも手を出して観ていること(たまにお勧めをしてもらう。ホラー以外なら、楽しく観る)。
 ―――一年は長いな、と感じるのは、こういう時だ。
 ただ、いつだったか、星井先輩がいっていたように、“いいお友達”の座にまんまと座ってしまったような状態ではあるが。
 それでも、きっと、何も知らないまま過ごしているよりは、ずっといい。何も知らず、ただ憧れていた時よりも、ずっと好きになれたから。
「いいよもう、ワタシだって、浮気してや、」
「何してんの」
 気付いたら、近くに立橋が立っていた。
「あ、立橋くん。調子どう?」
「ん、ありがと。いい感じ。………で、なんの話? なんか、浮気がどうのこうの、と」
 あんまりいいフレーズじゃないよな、と笑う立橋に、確かに、と同意。傍(はた)から聞いていると、愉快な話題には思えないだろう。
「えっとね、加賀見くんが一人浮気ごっこしてたの」
「えー、おれに全部責任転嫁ぁ?」
「違うの?」
「む。違わないですけどー、けどさー」
 ぶーぶーと言う後輩。その姿に立橋は、ある程度のことを察したらしかった。後輩の頭を軽く小突く。
「お前も、そろそろウォーミングアップしたらどうだ? エンジン掛かるの、時間要るだろ」
「はいっ!」
 威勢のいい返事だ。それまでダラリとしていたのが、まるで嘘のよう。そういえば、前に立橋に憧れているだのと話していたことを思い出す。彼にしてみれば、立橋という人は、逆らい難い魅力があるのだろう。
 形は違えど、同じ魅力に魅せられた者として、仲間意識を覚える。
 それでも背筋をピシャンと伸ばして、生真面目な顔を張り付けるなり言い付けを守りにいった後輩の姿に、クスクスと笑ってしまう。可愛いなあ、と。
「でも加賀見くん、エンジン掛かるの遅かったっけ?」
 穂香はこてんと首を傾げた。自分が見てきたイメージとは、異なる。彼は直前まで笑っていても、次の瞬間には真剣な試合に入り込める性質(たち)だったように思うが。―――とはいえ、大会という場では初めてだ。自分の観察眼がどれほど的を射ているのか、穂香には自信がない。
「というより、気合入れ過ぎて転ぶ、が正解。ウォーミングアップして、精神統一しなさい、と」
「ああ、なるほど、そっか…」
 それなら納得だ。今日も随分と、朝からテンションが上がっていたようだったので。
「でも、立橋くんも、ちょっと肩に力入ってるよ」
「…そんなにわかる、俺?」
 立橋は訝しげに眉を寄せながら、自らの右手を、左肩置き、揉みこむような動作をする。
「それは、………わかるよ。マネージャーだもん」
 いつも見てるんだもん。
 …それは、マネージャーとしてでは、無いけれど。
 いつもより、肩が強張っているなあ、とか。いつもより、腕を組み直す回数が多いなあ、とか。いつもより、目の光が強いなあ、…とか。
 きっと、穂香にとって特別であったように、立橋にとってのこの試合も、特別なものであるのだろう。その当時のことはさっぱり知らないとはいえ、そう思う。そしてそれは、間違っていないだろう、とも。
「………一年前さ」
 どきり、とした。必死に平静を装うが、返事は少し震えた。
「う、…うん」
「この大会に出た。出て、負けた。初めての大会だったから、正直めちゃくちゃ上がっていたよ。でもやっぱ、…勝つ気でいたからさ、悔しかった」
 去年の新人大会。立橋は個人三位という成績を修めた。その後、地区大会、更には全国大会に進んだと聞く。穂香からすれば「すごいなあ」と思わず感嘆が零れるほど順調なスタートに思えたが、立橋にとっては違うらしかった。そこで生まれた気持ちこそが、彼の原動力となっていることは穂香にもわかったが、反面、もう少しくらい自分を褒めてあげてもいいのにな、とも思う。
 とはいえそれは、より厳しい現実にあえて身を置こうとしている立橋に対して距離を感じたが故に出てきた、自分中心な思いなのかもしれなかったが。
「今年は、目指せ一位通過?」
 笑って訊けば、立橋はニッと不敵に笑ってみせた。
 何度となく魅せられた姿に、またも胸が高鳴る。穂香は苦笑した。どれだけ冷静に話せるようになったって、根本の部分はちっとも変わらない。
 これは少なくとも自分にとって、悪いことではない気がした。
 いつまで経っても穂香を視界に収めない瞳が、全力で夢を映すなら、それでもいいと、思った。
 そんなことを真剣に思ってしまうくらい。
 馬鹿げたことだと笑われたって、自分だってそう思うと笑ったって、結局どうしようもないくらい。
 ただその瞳を身近で見られることが、嬉しくて仕方なかった。


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私を見てないきみがすき
夢を追って走り抜けるきみのことを、ずっと見ていたくなる。同じくらい切なかったとしても。




 

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