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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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「はわわわわっ」
 わたわたと慌てながら、タオルを抱え込みながら走る。走る。
 マネージャー業は、本当にきつい。予想よりもずっときつい。
「久瀬ちゃん、大丈夫―?」
「はいいいいっ! な、なんとか!」
 ビシンと背筋を伸ばして答えた、明らかに挙動不審な穂香に、一つ上の先輩マネージャー――星井(ほしい)恵深(えみ)は、ニカリと笑って「素直でよろしい」と言った。
「じゃ、落ち着いたから、いったん休憩」
 ほら、座んな。
 勧められるまま、星井の隣に腰を下ろした。冬の床は、直に座るとますます冷たい。穂香はブルリと身体を震わせた。それからそっと、畳がある方を見る。あちらに座れたらまた違うのだろう。
「久瀬ちゃんは、なんでこの時期に入部?」
 ハッと我に返り、星井に向き直る。それから、立橋に告げたことを再度繰り返した。ふうん、と星井は適当に相槌を打ちながら、最後にニヤリと笑った。
「ズバリ当てようじゃないか」
「へ?」
「久瀬ちゃん、好きな人いるでしょ、柔道部に。ズバリ、立橋」
 サラリと言われた一言に、一瞬、頭の中が真っ白になった。きっかり三秒は置いた後に、ようやく活動を開始した思考回路が、その直後に混乱。
「え、ええええええ?!」
 耳の先まで真っ赤に染め上げて、穂香は大声で叫んだ。
「な、なん、ななな、なんでな…!?」
「ハイ、落ち着きましょー。みんな見てんよー?」
 パニックに陥っている穂香の視線を誘導するように、細い人差し指をつい、と畳の方へ動かす。大声に驚いた部員たちのまん丸い眼と、かち合った。その中には、何を隠そう、いや隠すまでもなく、穂香の想い人の姿もある。
 穂香の顔は、ますます赤くなった。しかしこれ以上この顔を晒(さら)しておくことも恥ずかしい。バッと俯く。星井が「なんでもないよー。ほら、さっさと練習に戻る!」などと叫んでいる隙に、すー、はー、すー、はー、と何度も深呼吸を繰り返す。落ち着け。とにかく、落ち着け。
 再び練習一心の状態に戻ったことを見届けた星井が、さて、と穂香に顔を向けた。
「………あの、星井先輩」
「んう?」
「ご、誤解ですよ。私全然そんなことないですよ」
「今さらか!」
 ぶはっと星井は堪えかねたように笑い出した。ツボにはまったらしい。穂香自身は、自分の発言のどこがその引き金になったのか、全くわからなかった。
 え、え。と焦る穂香の姿に、ますます星井が笑みを深くする。本当によく笑う人だ。だからこそ、穂香も出会って数日で気兼ねなく話すことができているのだが。
「あれだけ極端に反応しといて、違います、て言われて信じるヤツはほとんどいないと思うなあ」
「そ、そうなんですか…。じゃああの、私、バレバレですか?」
 星井はひとつ、うーん、と考え込んでから、真顔で答えた。
「うん」
 そ、そんなあ。
 穂香はがっくり項垂れた。星井はその姿を見て、慌ててフォローに入る。少しばかり下手なフォローに。
「あ、でも安心して。みんなほんのりと気付いてるだけだから。この部活のメンバー、ほとんどが鈍いからさ。なんか引っ掛かったとしても、それを恋愛方向に繋げる力、ないから」
 それはなんだか、嬉しいような、そうでもないような。
 微妙な顔をする穂香に、しかしそれを思い切り一方に傾ける、星井の発言。
「まあ立橋はその“ほとんど”以外だから、もしかしたら気付いてるかもだけど」
「え」
 ピキン、と固まる。え、え、え。ほんとですか。穂香は再び真っ白になった頭で、練習中の立橋を見る。当然の如く、彼はこちらを見ていない。真っ直ぐな瞳が射るのは、目の前の練習相手だ。その瞳に、場違いにも胸が高鳴るが、いやいや今はそんな場合じゃないだろうと頭を振ってリセット。
 大丈夫、大丈夫。まだバレたわけじゃないのだから。
「…でも、パッと見わかってる風じゃないんだよね」
 急浮上した穂香を嘲笑うように――実際は笑ってなどいないのだが、それが逆に怖い――、星井は続けた。
「知ってて知らないフリしてんなら、可能性低いかも」
「…………」
 そこでようやく星井は、穂香の顔を見た。半泣きな彼女を見て、あ、と顔が引き攣る。
「や、ごめ………いや、いやいやいや、可能性低いって、あくまであたしの勝手な見解なわけだし、それにほら、低いってゼロじゃないって意味だし。じゃなくて、あああ、や、お、応援してるよあたしは!」
 本日の収穫。
 一つ上の先輩は、いい人だけれど、フォローが下手。

 **********

 身体がギシギシ、悲鳴を上げている。
 これしきのことで、と自分でも思う。これは運動音痴云々(うんぬん)よりもまず先に、これまで運動をしてこなかった自分の惰性を責めるべきだろうが。
(でもずっと続けていれば、いつか慣れるはず…慣れたらもっと余裕が出て、立橋くんを眺めることもできるはず………)
 そう考えると、少しだけ前向きな気持ちになる。
「よし、がんばるぞ!」
 ぐ、と一人両手に握り拳を作って、気合いを入れる。勢いに任せて「えいえいおー!」と片手を空に突き上げた。後ろから、ぷっ、と吹き出す声がした。
 見られた。そう思うより早く、「おもしろいことしてるね」と声が掛かる。
 この声。
 肩越しにガバリと振り返ると、肩を震わせる想い人の姿があった。
「うあ、うああああた立橋くん!? み、見てた? 今の見てた!?」
「見てた、かな」
 見られた。見られてる。一番見られたくない人に! しかも二回目。一回目は結果的にそれでよかったわけだけれど、今回のソレはそういう問題ではないと思う。単なる醜態だと思う。
「どこから? どこまで!?」
「えっと、がんばるぞー、て言ってから、おー、てやるまで?」
 全部じゃないか。
 あがあがと慌てる穂香は、次にこの上ない解決手段を思いついた。
「忘れて!」
「は?」
「い、今見たの、全部きれいさっぱり忘れてください!」
「なんで? おもしろいのに」
 貴方がおもしろかろうが、私は恥ずかしいのですよ!
 叫ぼうとして、気付く。いや待て、そうやって少しでも記憶に留めておいてもらえるなら、それはそれでいいのではなかろうか。いやいや、一人でおかしな行動をしていることを記憶に留めてもらってどうする、変な子に昇格するだけじゃないか。
 うーんうーん、と真剣に悩み始めたその姿こそ、本日一番の“おかしな行動”だとは気付かない当の本人の姿に、既に笑いのツボに入っている立橋は、更にクツクツと笑う。
「あああでもやっぱりいやー! とりあえず本当に何はともあれ忘れて…!」
「はは、なにそれ。ほんと、久瀬さんおもしれー」
「え、――――」
 息が詰まる。そんな感覚、本当にあるんだ。
 他人事のように考えて。でも目は彼に釘付け。
 心底可笑しそうに笑う姿は、今まで見たどの姿よりも子供っぽくて、柔らかい。対峙する時の凛々しさとは違うときめきを覚える。
 それに。
 それに、彼に。
(名前…呼ばれたの、初めてだあ)
 苗字だけれども。さん付けだけれども。なんだかそれは少し、距離感があって寂しいけれども。
 でも、それを上回るくらい、嬉しい。
「え、えへへ、そ、そっか、おもしろいか。そっかそっか」
 そっか、そっか。
 意味もなく何度も何度も繰り返す。口元がむにゅむにゅと、嬉しさと気恥ずかしさで勝手に動く。
「ところで久瀬さん、今帰り?」
「え? うん、そうだけど」
 それがどうかしたのだろうか。急に変わった話題に、こてりと首を傾げる。
「そう。それならさ」
 立橋は、ニコリと笑う。その笑みが、先程よりも穏やかなものだったのが、少し残念だ、と話の内容とは全く関係の無いことを考えていると、彼の口から爆弾発言――少なくとも、穂香には強い衝撃を与える一言だった――が飛び出した。
「途中まで、一緒に帰ろうよ」
 一緒に、帰る。
「…………、え?」
 聴き間違えでは、ないはずだ。自分の希望が勝手に作り出した幻想などでは、ないはずだ。
「あ、もしかして用事あっ、」
「ない! ないない、全然ありません!」
 思わず叫んだ。ぽかんとしている目の前の彼の表情に、慌てて繕う。―――ああなるほど、これは確かにすぐにバレそうだ、と星井の発言を思い出しながら、自分で納得する。
 だけど仕方ないじゃない。
 そんな余裕なんて吹き飛んでしまうほど、拙い想いが募ってしまうから。
「うん、よし、帰ろう」
 人から見れば、もしかすると馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、本人は至って本気。
 勝手に頬が緩んで。顔だってもしかしたら少し赤くなっているかもしれなくて。傍目から見たらバレバレで。
「帰ろう、立橋くん」
 それでも、いいんじゃない?

 ―――少しだけ、きみに近付けた気がした、私にとっての特別な日。


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スペシャルな予感
きみといる時だけ、自分が恋愛小説の主人公になれるんじゃないかって、気がしてくるの。





 

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