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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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 かといって、人生はそう甘くはない。
 距離感は多少縮まって、呼び方は「久瀬さん」から「久瀬」になって(その割に穂香の側の呼び方は、「立橋くん」からなかなか変わらないのだけれど)、話も前よりたくさんするようになって(友達と呼んでも差し支えないくらいになった)、―――だけどそれ以上の発展はない。
 そんなものだよね、と美津に笑って言ったら、心底呆れた顔をされた。
「いっそ告白しちゃえば」
 投げやりに言われたけれど、美津なりに考えた上での助言なのだろうと思う。
 思うけれど。
「行動に移すのは、難しい、です…」
 がっくり、と項垂れる。
「こーおら、サボらない! 沈まない! 黒い影を背負わない!」
「星井先輩…!」
「なに、どうした、フラれたか?」
「先輩いいいい」
 それは、あんまりです。
 致命傷を受け、穂香は崩れ落ちた。

 **********

「ふうむ…まあ、わからんではない」
 話を聴いた星井は、やけに真面目な顔をして言い放った。
「そ、そうですか。やっぱりこのままじゃ…だめ、ですかね」
「あたしはこう推測する。このままいくと、久瀬ちゃんは“いいお友達”の位置に定着して離れられなくなってしまう、と!」
「そ、それは…」
 きつい、気がする。
 傍にいられるだけで嬉しいと、最初はそれだけで満足だった。付き合う姿なんて、想像もできなかった。
 だけど今は。
 知ってしまった今は。
 だんだん欲が出てくる。もっと近付きたいという想い。
 想像は、今だってできないけれど。
 もし彼が別の誰かと楽しげに笑って、手を繋いでいたりなんかしたら、自分は確実に泣くだろうと思う。マネージャーも、辛くて辛くて、辞めてしまうかもしれない。実際は辞める度胸だってないだろうけど。
「だからさ、ここでこう…ガツーン、と! 気持ちだけでも伝えて、意識してもらう、とかの刺激は必要かもねー?」
 刺激。
(私は、毎日が刺激になってるんだけどな…やっぱり、立橋くんにとったら違うよね)
 でもなあ、でもなあ。
 告白なんて、したことない。するにしても、何をどう伝えていいやら。好きだって叫べばいいのかな。どんなところに惹かれていったのかって、伝えればいいのかな。
 ―――悩みに悩んで、早数日。
「うううううう」
「うえ!? どったん、ほのっち。変な声出てんよ?」
「マーキーちゃあん。もう私わかんないよー」
「え、何が」
 真樹は、自分の方がよっぽどかわけがわからない、という面持ちだ。当然である。穂香は勢いのままに、真樹に事情を話そうとした。しかし、その直前で思い留まる。いけない、彼に話すと、どこがどう脚色されて、本人の耳に届くかわからない。
 うう、と穂香は再度呻いた。
「え、なになに。ほんとになに!?」
 一人大袈裟に騒ぐ真樹をジッと見つめていると、不意に美津の姿が脳裏に過った。
 そうだ。何も事情を話さなくても、助言は得られる。穂香は一人、奮い立った。
「マキちゃん………お願いがあるんだけど」
「え、…あ、昼飯奢(おご)ってとか? ごめん、それだけは無理! オレ今すっげえ金欠!」
「言ってないし、違うよ!?」
 あれ、そうなん?
 真樹は本当に不思議そうな顔をした。自分の予想が外れているとは、露ほども疑っていなかったらしい。それはそれで、ある意味素晴らしい。
「ね、ね、マキちゃんって、みっちゃんのどこが好きなの? どういう風に好きなの?」
 真樹は更に不思議そうな顔して、首を捻った。「どうしてそんなこと訊くの?」と言わんばかりの顔つきだ。
 けれど、元来そういったところを気にしない性質(たち)である為か、なんだっていいか、と思い直したらしく、スルスルと美津への愛を語り始めた。
「そうだなあ…、好きになったきっかけは………ね、ほのっち、オレってめっちゃくちゃ馬鹿だろ?」
「え、うん。そうだね」
「即答! 少しは悩んで欲しかった!」
 自分で訊いたくせに。
「あーあー、もういいですよ! そうですよ、オレは馬鹿ですよ! 根っからの大馬鹿モノですとも!」
 いじけ始めた真樹は、ふ、と柔らかく笑んだ。
「だからさ、オレ、毎度毎度“もういいよ”って言われてたんよ。わかんなくっても、もういいよ、って。でもミツはオレ相手でも、わかるまでとことん付き合ってくれたんだ。それがすっげえ嬉しかった」
 聴いている穂香まで赤面してしまうほどの、甘い笑顔。
 友人のこんな顔、これまで見たこともなくて。だから、なんだかすごく恥ずかしかった。
「気付いたら目で追ってた。しっかりしようとして抜けてるとこ見て可愛いなって思ったし、たまに窓の外見てる時の顔とか見たら何考えてんのか知りたくなった。そしたら思わず告ってて、付き合えることになった」
 未だに信じられないけどな、と笑う真樹を、かっこいいな、と思った。
 好きな気持ちを口にする人は、こんなに綺麗に笑うものかと思った。
「………って、オレめちゃくちゃハズいんだけど! うわあ、うわあ、今ぜってー顔赤いし」
「あはは、かっこいいよー、マキちゃん」
「なんだよほのっち、からかうなよーばかあー」
 赤くなった顔を隠すように片手で口元を覆った彼は、視線をうろうろと彷徨(さまよ)わせた。その瞳が、ある一点で止まる。眼差しが、最高に柔らかくなった。
「ミツー!」
 叫びながら、まるで尻尾をぶんぶんと振りながら彼女に駆け寄っていく。その姿はやっぱりわんこ。紛(まが)うことなき、わんこ。美津がじゃれつく真樹を、ハイハイと適当にあしらっている。でもよく見ると、美津の瞳も同じくらい優しい。
 いいなあ、と思った。羨ましい、と感じた。
「………がんばって、みようかな」
 結果なんて、想像がつかない。いや、彼が同じように自分を好いていてくれるとは思えないから、きっとダメだ。巷でよく聞く、お試しで、なんてものは彼の性格上、しないような気がする。だから、きっと、ダメ。
 それでも。
 伝えたくなった。
「よし!」
 気合いを入れる。それから、仲の良い友人カップルに、駆け寄った。
「マキちゃんありがとね! なんか、勇気出てきた!」
「ん…? おー、そっか! よくわかんないけど、よかったな!」
 美津とパッチリ目が合う。がんばりなさい、と声を発さずに、口だけが動く。だから同じように、声に出さずに応えた。
 ありがとう。

 **********

 でもやっぱり怖い。
 あの勢いのまま、突っ走ってしまえたらよかったのに、時間が空(あ)くとしゅるしゅると萎(しぼ)んでいく勇気。いやいや、へたっている場合か。気合いだ、気合い。
「今度は百面相?」
「あ、た、立橋くん!」
 百面相。百面相って、くるくるくるくる表情が変わっていることを言うのだったか。そんなに変わっていただろうか。…いただろうな。そうだろうな。
「まだやってる」
「うう…これはもう、致し方ないことなんだよ、立橋くん…」
 事情は説明できないのだけれども。
 いや、ある意味これから、説明しなくちゃいけないのだけども。
 周りを見ると、気付けば人は少なくなっている。ほとんどの部員は、既に帰ってしまったらしい。星井の姿ももうない。
「それじゃ、帰ろっか」
「うん」
 それじゃまたー、と立橋は奥の方にいる部員に声を掛ける。また明日、と穂香も同じく挨拶をした。
 それで、簡単に二人きり。
 これで、シチュエーションの所為にできない。
 胃が痛い。緊張する。どうしよう、なんて切り出せばいいのか。
「た、た、立橋くんって!」
「え、なに?」
 やけに力んだ声に、立橋はビクッと肩を震わせた。
 いけない、落ち着け。深呼吸を、ひとつ、ふたつ。ここで好きな人がいるかを訊けば、そんな感じの空気には持っている、はず。
 けれど口から飛び出したのは、
「柔道、いつからやってるの?」
 関係ないことはないけれど、今訊かなくてもいいことだった。ばかー、いくじなしー、と自分自身に文句を言う。
 一人がっくり項垂れる穂香には気付かず、立橋は少し首を傾げてから、答えた。
「始めたのは、小五からだな。部活じゃなくて、道場。始めた時はそうでもなかったんだけど、やってく内に楽しくなっていってさ」
 その顔は、まるで子供のようで。純粋に、柔道が好きなのだなと思う。
 だけど。
「これは、とことん突き詰めるしかないな、って、思ったんだ。負けたくない、誰にも。絶対に勝ちたい」
 その瞳は、紛れもなく、穂香が惹かれたあの光を湛(たた)えている。
 強い強い、眼光。
 誰が相手でも引いて堪るかという、眼差し。
「全国大会に行って、優勝して、オリンピックにも出たい。そこでも一番になりたい」
 だから。
「なーんて、笑っちゃうよな。また全国大会にも進めてないのに」
「―――ううん」
 この瞳は、穂香を映さない。
「行けるよ、立橋くんなら。私はそう思うよ」
 だから―――気付いてしまった。
 泣きたいくらい好きだという気持ちが溢れて、今にも飛び出しそうで。
 伝えれば、真剣に答えてくれるだろう。
 でも、この瞳が本当に映すのは、決して穂香ではない。
「ありがと。なんか、そう言ってもらえると、すごく嬉しい」
 子供のように無邪気に笑いながら、鋭い光を放つ彼に、だから、伝えることなんてできなかった。
 いつものように、別れる。
「また明日なー」
「うん、また明日ね」
 片手を振りながら、いつもどおり、別れるしかなかった。
 その背中に向かって、大声で好きだと叫んだとしても、彼には届かないのだろう。
 それでも。
 あの瞳に、魅せられてしまったのだ。
 それ故に気持ちが伝えられなかったとしても。
 その光がなくなってしまえなどとは、どうしたって、思えない。

 数メートル離れた場所にいる彼に、好きだよ、と震えた声で、ぽつりと呟く。
 夢を追うきみが、とても好きだよ。


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夢見る瞳に恋をした
不毛と知りつつも、真っ直ぐで、強い光を放つ瞳に惹かれてしまったから。
 




 

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