忍者ブログ
【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
[6] [7] [8] [9] [10] [11] [12
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 あの心揺れるできごとから、早一週間。
「はいそこまで! よし、全員いったん休憩! 水分補給はしっかりしろよ!」
 穂香の周りは、驚くほど変わっていない。
 もしや、あれは夢だったのではないか。そう考えてしまうほど、至って変化なし。いつもどおりの日常だ。
 だけど。
 目が合う。ふっと彼が笑った。
「~~~~~…っ!」
 平常心じゃ、いられない。それこそ夢ではない証拠だ。その場でへたり込まなかっただけ、自分を褒めてやりたい。心臓がバクバク言っている。煩い。けれどまさか、止まれ、とは言えない。せめてもう少し落ち着いて、とは思う。
 まるで恋に落ちてすぐの頃のよう。
「センパイ? 熱でもあるんですか~?」
 ひょこん、と後輩が顔を覗かせる。キャアッ、と悲鳴を上げると、逆に驚かれた。
「び、びっくりしたあ!」
「…熱、なさそうですね。元気そー」
 その返しは、釈然としないものを感じる。どういうことだ。
 にんまり、と彼は笑う。
「もしかしてー、立橋センパイとイイことあったんスか?」
「え!? な、ななななんで…っ!?」
「あはは、センパイわかりやすすぎ~」
 腹を抱えての大笑いが、すごく憎たらしい。またふと、既に部を去った先輩の顔を思い出す。
(しっかり後輩にもバレてます、星井先輩!)
 何故か、いい笑顔の彼女が、穂香の脳裏に浮かんだ。まったくもって彼女らしい。
 だけど、だけど。
 スウ、と視線を流す。やっぱり目が合う。彼の瞳は、休憩中だからか、少しばかり弱まった、けれどやはりしっかりと光を宿している。
 あの言葉の真意は、いったい何だったのだろう。

 **********

「なんだと思う?」
「そんなに気になるなら、本人に直接訊けばいいじゃないの」
 面倒そうに返される理由が、自分にあることはわかっている。何度も何度も、同じことを訊いているのだ。初めはそれなりに考えられた答えだったのが、だんだんと投げやりなものに変化していくのは、当然といえば当然だ。
「ううう」
 唸って、突っ伏す。膝に抱え込んだクッションは、もふもふしていて肌触りがよい。それで少し、落ち着いた。
 改めて、部屋を見渡す。騒がしい彼の部屋は、けれどさほどごちゃごちゃしていない。前にそろっと口にしたら、「ミツはキチッとしてる方が、落ち着くらしいから」とのろけられた。
 クッションも、彼のイメージとは程遠い――と言っては失礼だが、まあ彼…真樹は気にしないだろう――、柄もシンプルで上品な紫一色で、質もいいものだ。これってひょっとして、美津専用だろうかと今更ながらに焦ったが、よく見ると美津は色違いのオレンジクッションを背もたれに使っている。ならこれは真樹のものかと首を傾げると、視界の端に、同じく色違いの緑クッション。―――どうやら、誰それ専用、とは関係なく、単純に気に入っているらしい。
 そういうわけで、そっと肩の力を抜いた穂香は、遠慮なく再びクッションを潰した。
「…でもやっぱり気になる」
「だから」
「だけど!」
 しつこい穂香に、うんざりしている美津の言葉を遮る。
「今、大会控えてるから…何も、訊けないし、訊いて邪魔とか、したくない。から、我慢、する」
 立橋の調子は、平常どおり、いい。その状態を維持することさえできれば、地区大会突破は決して不可能ではない。むしろ可能性は高いくらいだ。伊達に一年以上、マネージャーをしてきたわけではない。そのあたりのコンディションは、立橋に限らず、嗅ぎ取ることができるようになってきた。
 だからこそ、今落ち着いているように見える立橋という選手に、変な気を遣わせたくないのだ。
 マネージャーとして、というのもある。一ファンとして、というのももちろんある。何より久瀬穂香という一人の人間として、そう思う。
「………そう」
 美津が微かに笑った気がした。
「何度も口にしたって仕方ないってわかってるの。だけど一度気になり出すと、どうしようもなくって。…ごめんね、みっちゃん」
「………。二日に一回ペースなら、話を聴いてあげないこともないわよ」
 それは破格のサービスだ。きょとん、とした穂香は、その意味を理解するなり、満面の笑みを見せた。
「ミツー、ほのっちー。飲みモン持ってきたー!」
 三人分を一気に持ってくるのに必要だったのだろう、盆に三つのコップが載っている。ほい、ほい、と真樹は慣れた動きで、持ってきた飲み物を置いていく。
「わ、マキちゃんありがとー」
 パッと顔を輝かす。穂香と真樹の飲み物の色はオレンジ。いつものオレンジジュースだ。美津のものだけ違う。茶。色名の通り、麦茶だ。私も二杯目はお茶がいいな、と思いながら、三人は当初の目的―――テスト勉強を開始。
 どの教科でもドンと来いの美津にわからないところを訊きつつ進める、というのがいつものパターンだ。古文だけは穂香の担当だが、他は全部美津頼り。穂香でもできないことはないが、一度美津のわかりやすい解説を聴いてしまえば、どうしてもそちらに頼ってしまう。生徒は、基本的に真樹だ。
 もっと言うならば。
「うあ~………もうだめ。ギブ」
 真っ先に根を上げ、集中力を切らすのも、彼だ。
「マキちゃん…まだ三十分も経ってないよ」
「いや、オレにしてはスゴクね? 三十分もった」
 確かにそうかもしれないが、自分で胸を張って言うことではない。全くもう、と呆れたような溜め息を吐いたのは、美津だ。かといって、もう少し頑張りなさいよ、とは言わない。言えば真樹は、またやり始めるだろう。何より美津が言うのだから。でも、それはあくまで手を動かしているだけで、頭は働いていない。そんな状態で無理やり詰め込もうとしたって効率が悪いだけだと、彼女は知っている。
 だから、三十分くらいはそのまま放置、が美津のスタイルだ。穂香も特に異論があるわけではないので、それに従っている。
 ただ、隣で堂々と漫画を読み始められると、さすがにこちらも集中力が低下することだけが、難点。
 ちろり、とその場でばったり倒れ込んで、熱心に漫画を読んでいる真樹を見る。そのタイトルは、穂香も読んでいる漫画のソレだ。
(…あ、新刊出たんだ。あとで貸してもらおっかな)
 疼いた気持ちをなんとか抑え込み、根性でそこから目を逸らす。そうでもしなければ、誘惑に負けてしまいそうだった。けれど、意識が不意に、そちらに向いてしまうことは、止められなかった。
 続きが気になる、という感覚とも、違った。
 ただその冒険ものの漫画は、恋愛要素も少しばかり含まれており、それが思い出されたのだ。
 少女漫画よりも、甘味と苦味が抑えられた恋。穂香にとっての少年漫画の恋愛のイメージは、ソレだ。甘酸っぱさよりも、サッパリとした味がする。
 自分の恋は、どちらかといえば、それに似ているのではないかと思った。穂香自身は、少女漫画のような展開に憧れを抱いてきたけれど、そしてそんな気分を味わってもきたけれど、果たして立橋のような視点から見た時、恋愛というのは、少年漫画のようなものである気がしたのだ。
 どれだけ大切だと思っても、きっと彼は恋愛一筋にはなれはしない。
「だからここは、…穂香、聴いてる?」
「えっ? あ、ごめんみっちゃん!」
「はは、ほのっちボーッとしすぎー」
 漫画を読んで、おおよそ穂香のことなど意識の外に出ていると思っていた真樹にまで言われた。ガーン、という効果音を背中に背負った穂香を見て、真樹がケタケタ笑う。
「なになに、もしかして恋煩いとか?」
「ななななな、ななに言っ…!?」
 思い切り、動揺した。まさか他称鈍感男(注:他称は時として、自称よりも一層強い意味を持つものである)にまでバレているのだろうか。ますますショックだ。
 至極失礼なことを考える穂香の手前、真樹が大袈裟に驚いた。
「え、まさかの図星!? うっわ、オレなんか冴えてる! え、誰、だれだれ? オレの知ってるやつ? 何年? 何組?」
 気付かれては、いないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。考えてみれば、気付いていたら今頃恐ろしい勢いで周りに広まっているはずである。そうではないということは、そういうことなのだ。
 かといって、この質問責めを前に、ついうっかり、ぽろっと口を滑らす危険性も、なきにしもあらず、である。むしろこれだけの勢いだ。思わず口にしてしまうことはなんら不思議ではない。穂香自身、それで泣きを見た知人友人を何人も見てきたのだから。
 それでも決定的に恨まれないのは、彼の性格ゆえだろう。猫に鼠を捕るなといっても無理だ。それは生まれ持っての習性であり、本能である。つまりは、それと一緒。
 だからこそ、穂香は貝になる必要があった。
「なー、なーっ! 教えろよー。協力するから、めっちゃ役立つよ、オレ!」
 嘘だ。いや本人的には本当なのだろうが、でも嘘だ。少なくとも九割方は。
「………………」
 黙々と、勉強をする。いや、しているフリをする。正直、心臓がバクバクいっていて、それどころではない。だけれど、そうする。その必要があるからだ。
 なあなあ、と未だ話し掛けてくる真樹を、必死で無視する。―――が。
「ほのっちー、なあ、誰? ほんと誰? オレ気になって眠れない!」
「っ、私マキちゃんには絶っ対に言わないもん! 眠れなくなったって、言わないんだからー!」
「えええ、なにそれ。友情より恋愛を選ぶのか? オレとほのっちの仲はその程度のものだったのか!?」
「そ! そう、じゃないけど…別に、選ぶとかじゃなくってぇ」
 単に、広まるのが嫌なだけだ。そこに真樹が嫌いとかそうではないとか、そういう感情は一切ない。
 ただ、絶対に広まりそうだから、とは何故か言い難く、結果、言いよどむことになってしまった。
 ぶすっと不貞腐れた表情の真樹は、そのまましばらく停止していたが、直後、動き始めるとポンと手を打った。
「…オレ、わかったかも、ほのっちの好きな人。うん、閃(ひらめ)いた!」
「えっ?」
「ズバリ、」
 真樹は真剣そのものの瞳で、スウ、と人差し指を前に突き出す。そして、その指し示す方向を、勢いよく自分の顔に向けた。
「オレ!」
「あ、絶対ない。ありえない」
「サラッと否定されんのもなんか傷付く!」
 うわあーん、と泣く真似をする真樹に、「だってマキちゃんはそういうんじゃないから。どうしたって友達だから。恋愛的な意味で好きって…うん、ない」と穂香は眉尻を下げて、答える。更に撃沈。
「い、いいんだ。オレにはミツがいるんだか、」
「いい加減煩い。黙れ」
 絶対零度が降臨した。二人揃って、その発生源を見る。それから、お互いの顔を見た。どうするかは、その瞬間に決まった。
「「ごめんなさい。ちゃんと勉強します」」
 こういう時だけは絶対にぴったりと重なる声は、間違いなく、三人が長い付き合いである証だった。
「じゃ、勉強に戻んなさい。真樹、漫画は終了」
「はい、戻ります」
「穂香はさっきの続き。ここまではわかったのよね?」
「はい、わかりました」
 しっかり統率の取れた軍隊のようにキビキビした動きで、お互いの職務に戻る。視界の端に、真樹が先ほどまで読んでいた漫画が入り込む。
(………………)
 少年漫画の告白シーンって、どんなだったっけ。
 不意に、そんな考えが頭を掠めた。パッと浮かんだのは、彼の顔。
 真剣な顔。
 鋭い光。
 ―――だから、…見てて、欲しい。久瀬のために、なんて言わないけど。ただ俺は俺のために、絶対に勝つから。
 それが見つめる先は、あの時確かに、穂香だった。
「っ、ふ、わ~~~~~っ!」
「うおあ、なに、なになにっ?」
「いきなり奇声あげないでよ、穂香」
 事情を知る美津は、あくまでクールだ。ああその冷静さが少しでも自分にあれば、あの時もう幾ばくかはまともな反応ができただろうか。そんな今更なことを考える。

 要するに、彼女は自分の動揺を隠しきれないでいたのだ。

 だから、こういう状況になると、すごく困るわけで。
 穂香は顔をあげられず、ただひたすらに、コンクリートの道路を睨む。
 隣の足音がやけに響いて仕方ない。耳あても持ってくるべきだった。
「なあ」
「ひっ、あ、はい!」
 ぴしゃん、と背筋が伸びる。直立不動の体勢のまま、カクカクと前に進む穂香の姿が可笑しかったのか、立橋はフッと柔らかく笑った。
「あ~っ、ひ、ひどいよ立橋くん。笑うなんて」
「だって久瀬、さっきからずっとロボットみたいに歩いてる」
 確かにそれは、穂香が立橋の立場でも、笑う。でもだって、と穂香は一人膨れた。その原因は、他でもない、隣にいる彼だ。そんなこと言えないから、ただ膨れるだけ。
「そ…そんなにへん?」
「うん、変。おかしい」
 ざっくり斬られた。どうしようもなくなって、うう、と唸る。やっぱり顔は上げられないし、立橋の顔は見られない。ひたすらロボットのように進む。
「でも」
 立橋が言葉を続けた。少し迷ってから、でも潔く、はっきりと言った。甘く柔らかく、口にした。
「でも、嬉しい」
「え?」
 思いがけない言葉に、反射的に立橋を見る。彼は声のとおりに、笑っていた。
「前の言葉の意味、考えてくれたって、自惚れていい?」
「…え?」
 ぱくぱくと酸素を求める鯉のように口を動かしながら、最近、彼の前でまともに話せていないな、と場違いなことを考える。要するに現実逃避。でも彼がそれを許してくれなかった。
「ていうか自惚れる。…はは、これで一人で舞い上がってるだけだったら、俺、カッコ悪いな」
「そ…!」
 そんなことないよ。言おうと思ったのに、口が回らない。あれ、あれ。おかしいな。少し前までは、きちんと動いていたのに。無意識に眉がハの字になる。情けない。それを見たのかどうか、立橋は少し歩くスピードを上げたようだった。自然と穂香の少し前を歩く形になる。
 何か言わなくちゃ。
 その背中に。
 伝えたいことは、たくさんあるはずだ。
 ―――なんでもかんでも待ってばっかりだと、肝心なところでチャンスを掴めないんだからね。
 いつかの美津の言葉がよみがえる。真剣な顔で、多少の心配の色を載せて、穂香を応援してくれた彼女。
 そうだね。
 躊躇うことで失いたくないものは、今、目の前にある。
 ぐっと顎を引く。コンクリートばかり見つめていた目は、しっかり前を見据える。
「立橋くん…!」
 口から飛び出た声は震えていた。大声で叫んだつもりなのに、掠れ気味だ。
 それでも彼は気付いてくれた。振り返ってくれた。
「わ、私………」
 なんて言おう。何を言おう。迷った末に、飛び出した言葉はひとつだった。
「好き」
 もっとかっこよく言えればよかったかもしれない。あなたの瞳の輝きに魅せられたのだ、とか。これから先も見ていきたい、だとか。言いようはいくつもあったはずだ。
 それでも一番伝えたい想いは、これひとつだった。
「好き、です…!」
 顔が熱い。きっとりんごだって笑ってしまうくらい、赤いだろう。気持ちを伝えることは、難しい。全てを伝えきることなんて、到底できない。
 それならせめて、一番大事な部分だけでも。
 一番大切な想いだけでも。
 きみに届けばいい。
 きみの心に、どうか届いて。
 切なる祈りを、きっと神様は叶えてくれた。日々の業務に追われて大忙しだろうに、しっかり叶えてくれた。
「ありがとう」
 気付けば、彼の香りが近くにあった。手をぎゅうっと握る。ありがとう、と再度、同じ言葉が紡がれる。
「…返事、少し待ってもらって、い?」
 柔らかく笑う顔に、どうしてだろう、と思う前に、身体が勝手に動いていた。こくん、と首を上下に振る。
「絶対伝えるから。…我がままでごめん」
 困ったように眉尻を下げる彼に、それはきっと柔道が関係しているのだと気付く。きっとそうだ。だって彼の優先順位は、いつだってソレが上位。それでいいのだから。穂香は笑う。
「待ってる」
 それはまるで、二人だけの秘密のようで、胸が高鳴る。
 夢見る心は健在だ。帰ったら美津にそう言おう。彼女はきっと呆れながら、でもよかったねと祝福してくれるだろう。


 →NEXT

少年漫画みたいな恋をしたい
だってその方が、きみらしいから。きみがきみらしく笑う姿が、私は一番好きだから。




 

拍手

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (チェックを入れると管理人だけに表示できます)
プロフィール
HN:
岩月クロ
HP:
性別:
女性
バーコード
ブログ内検索

Powered by Ninja Blog    template by Temp* factory    material by ポカポカ色

忍者ブログ [PR]