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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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 公園で偶然知り合った後、少なくとも話す機会は、増えたと思う。
 学校ではすれ違うことすらあまりないけれど、それでもたまにそういうことがあれば、会釈程度はするようになった。だからといって、特別仲がいいというわけでは決してないけれど、友達レベルには近付けたと思う。
「―――アンタは、オトモダチになりたいんじゃないでしょーが」
「そ、そうでした!」
 じっとりとした目で自分を見る美津に、ピシリと背筋を伸ばして答える。
 ちなみにこの場に、美津の彼氏である真樹はいない。彼はおしゃべりが過ぎるから、バレたら最後、張本人に直接言いかねない。悪気がないことはわかっているけれど、それはとても困る。そういうわけで、こういった会話は全て、彼のいないところですることになっている。これは穂香に限ったことではない。
「そりゃあね、友達になっておいて徐々にってパターンもないことはないわ。でもアンタの場合は、………」
「え、え、えええ。み、みっちゃん、なんでそこで止めるの…!?」
「いや、まあ………ねえ?」
 ねえ、と言われましても。
 やけに不安を煽られた気がする。
 つまりそれって、恋愛に関しては自分より確実に上な美津から見たら、穂香と立橋がそういう関係になれる可能性は限りなく薄いってことなのだろうか。そりゃあまあ、実際にそうなった時の想像がサッパリできないあたり、当たっていないこともないかもしれないけれど、でもでもでも。
「う~~~~」
「あー、はいはいはい、煮えないパンクしない」
 美津はそんな穂香を軽く諌(いさ)めた後、でもねえ、と続けた。
「さすがに接点が少なすぎるよね」
「あ、でも散歩…」
「アンタそれ、多くて数分でしょ。しかも一週間に一回あればいい方、でしょ」
「ううう」
 項垂れた穂香に、美津は更に「学校ではサッパリだしね。会釈(えしゃく)なんて、接点のうちに入んない」と追い打ちをかけた。エシャクってなに、と問うと、ジトリとした目で見られた。だって知らないんだから、しょうがないじゃないか。目で訴えると、仕方がないとばかりに、「かるーく挨拶することよ。一言おはようって言ったり、少し頭下げたり…そのくらいのこと」と教えてくれた。なるほど。確かにそのくらいしかしていない。
「ま、朝の散歩の件は頑張ったと思うわ、穂香にしては」
「だよね、だよね!? 私がんばったよ!」
 穂香は、喜び一色に染め上げた顔を勢いよく上げた。美津は呆れた顔で、「“穂香にしては”だから」と最後のフレーズを強調する。
「問題は学校! 学生なんだから一番長くいるのは学校でしょ。そこで接点を持たずしてなんとする」
 ここで、来年はクラスが一緒になるかもなんて希望的観測を口にしようものなら、美津から叱責が飛ぶことは必須だ。
「なんとかして、話す機会を作りなさい」
「な、なんとかって…」
「委員会、…は時期を逃したわね。手っ取り早いのは部活ね。アンタ茶道部なんだから、兼部する余裕くらいあるでしょ。潜入しなさい」
「ええ!?」
 驚きの声を上げると、何よそのくらいしなさいよ、という目で見られる。
「何も柔道をしろっていってるんじゃないのよ。柔道部なら、たしか、マネージャー募集してたでしょ」
「でも…」
「でもなんて言ってる暇あるんなら行動。いーい? アンタが惚れ込んだのも柔道やってる姿なんでしょ。だったらいいじゃないの、毎日見れんのよ、その姿」
「う。それは…いいかも」
 すごく、すっごく魅力的だ。
 頬を朱に染めて俯けば、パンッ、と乾いた音が響いた。美津が手を打った音だ。
「ハイじゃあ決定」
「あ、で、………み、みっちゃん一緒に」
「アタシが何部だか知ってて言ってる?」
 美津はニッコリと、素敵な笑顔で凄んだ。
 もちろん知っている。バスケットボール部だ。ちなみに彼氏の真樹も同じくバスケットボール部。正確には女子と男子で分かれているから、違う部活なのだけれど。
 とにかく、そんなバリバリの運動部に所属している彼女が、それにプラスして別の運動部のマネージャー業をこなすなんて、無理が過ぎる。運動部の大変さなんてちっとも知らない穂香でも、さすがにわかる。
 美津の眼光が鋭い。怖い。
 もーしわけございませんでした、と素直に頭を下げた。

 **********

 ―――とは言ったものの。
 結局あれから、踏ん切りがつかないでいた。
 それに目敏く気付いた美津が、「今から職員室に行け。行って話をつけてこい」と恐ろしい顔で言ったので、ようやくのろのろと行動を開始した。
(だってだって、あからさますぎないかな。柔道部のマネになるって。さすがに…)
 モジモジとそんなことを考える。気付くだろうか。バレるだろうか。それで気まずくなったらどうしよう。いや、気まずくなるほどの間柄すらないのだから、単純に距離を置かれるだけかもしれない。それはそれでキツイ。
「う~~~。だめだあ…っ!」
 とうとう穂香は、廊下の端でへたりこんだ。廊下を通る生徒が、みな「何をしているんだ、こいつは」的な視線を穂香に投げていくが、幸か不幸か、穂香にそれを気にするだけの余裕はない。余裕というものが出てきた頃には、今度はおそらく自分の阿呆さ加減に悶絶する破目になるだろうが。
「みっちゃんはいいよ。スタイルいいし、スラッとしてるし、カッコいいし、それにそれに、勉強だってできるし運動だってできるでしょ。完璧だもん、スゴイんだもん。それでさらに私の親友やってくれるくらい優しいんだもん。みっちゃん大好きだー」
 だんだん話が逸れている。最後に親友への告白で締めた後、るーるるー、と黄昏ていると、頭上から声が落ちてきた。
「………何、してるの」
 ―――ここ数日で、ようやく少しは落ち着いて聴けるようになった、ソレである。
 穂香はピシリと固まった。固まってから、恐る恐る、視線を上へ上へと動かしていく。
 予想どおりの、けれどできれば今ばかりは外れて欲しかった人物が、そこにいた。
「う、うきゃああああっと、と、とた、たたた立橋く…っ」
 一番聞かれたくない人に聞かれたー!
 穂香は一瞬でパニックに陥った。
「ど、どどど、ど、どうしてここに…っ!?」
「どうしてって、…強いて言うなら、職員室に用があったから、だな」
 職員室に用があったから。真っ当な意見である。「そ、そうだよね普通そうだよね職員室の近くだもんねここ」としどろもどろに応えている穂香を、正面に立つ立橋は、何やら可笑しそうな顔で見ている。
「とりあえず、立ったら」
「う、うん」
 緊張と羞恥と居た堪れなさでガクガク震える両膝を叱咤(しった)し、どうにかこうにか立ち上がる。
「何してたの?」
「え、私? 私は………えっとその、私も職員室に用があったの」
「それがどうして、職員室近くでへたりこむような事態に?」
 馬鹿正直に答えにくい質問である。相手が相手なだけに。ぐ、と黙り込んだ穂香に、立橋は笑みを引っ込めた。ごめん、と一言告げる。
「調子乗りすぎたみたい。意地の悪い質問だったな、今の。………なんか困ってるなら、相談に乗るよ」
「う、ありがとう…」
 暖かい言葉に、じんわりする。嬉しい。でも馬鹿正直に答えにくい以下略。
 やっぱり出直そう、と思った穂香の脳裏に、美津の姿がポンと浮かんだ。今ここで引き返しでもしたら、後で美津になんと言われることか。いや、言われる内容の詳細はわからないが、大体の部分でなら想像が付く。サアアア、と顔が蒼褪めた。
「ほんとに大丈夫か?」
 心配そうな色を浮かべた立橋の方へ、グッと身を乗り出す。ええい、ままよ!
「立橋くん、お願いがあるの!」
「な、なに?」
 立橋の顔は、穂香の勢いに気圧され、引き攣っている。無理からぬことである。それでも、半歩分だけ身を引きながら、「俺にできることなら」と言ったのは、さすがといったところか。何がどう“さすが”なのかは、この際深く追及しないこととする。
「この時期になんて今さらだし、勝手も知らない素人だけど、必死でがんばります。だから、だからどうか………―――私を柔道部のマネージャーにしてください!」
 言い切った。
 穂香はそこでようやく、自分が必要以上に身を乗り出していることに気付いた。うわわわわ、と今さら悲鳴を上げて、距離を置く。それからソッと立橋の顔を見やった。立橋は目を見開いて、心底驚いているようだった。
「えっと、…やっぱりダメかな」
「や、」
 即座に我に返った彼は、にこりと笑う。
「いいよ」
 サラッと告げられた言葉に、一瞬、何を言われたかわからなくなった。
 数秒掛けて、ようやくその言葉の意味を理解する。その瞬間、パッと顔に花が咲いたような笑顔が浮かんだ。
「い、いいの!? ほんとに?」
「ほんとに。といっても、俺に入部だの決める権利なんてちっともないから、顧問に改めて言ってもらわなくちゃいけないけど。でもどうしてかって、理由、訊いてもいい?」
 りゆう、と反復。ええと、どうしよう、と穂香は焦った。やはり、馬鹿正直に以下略。
 どもりながら、口を開く。
「そ、その…私、運動とか全然できなくて、もう本当になんでこんなにできないんだろう、これってむしろ逆の意味で才能があるんじゃないかって思うくらいできなくて、…できないんだけど、でもあの、…最近、立橋くんと話してて、柔道、楽しそうだなって、思ったの」
 話しながら、徐々に落ち着いていった。ああ、自分の中にはこんな想いもあったのだ、と気付く。理由の大半は立橋くん。だけど残りは、至って純粋な興味。
「私は運動はできないけれど、だからきっとマネージャーっていっても迷惑を掛けることもあるだろうけど、…それでももし許されるなら、もっと近くで見たいなあ、て」
 彼は、その全てをゆっくり聞き届けて、それからやっぱり笑った。
「そういうことなら、なおさら歓迎。大歓迎」
 でも先程よりも、その笑顔はずっと幼くて。
「面白いよ、柔道。期待してて。一番近くで楽しんでよ」
 無防備な言葉。穂香のことなんて、ちっとも意識していないからこそ、素直に飛び出す言葉たち。その言葉はすごく嬉しくて、同時に淋しくなる。一喜一憂しているのは、振り回されているのは、自分だけなんだと、改めて突きつけられて。
 だけど。
 ―――その瞳の奥に、あの時の光を見つけた。
 ああ。
 やっぱり私が見たいものは、これなんだ。
 穂香はぼんやりとそう思った。
 それなら、振り回されるのも、悪くはないかもしれない。
 目の前の彼ほど自由でなくても、いいかもしれない。

 こうして、久瀬穂香は、二日後、正式に柔道部のマネージャーとなった。


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たやすく自由を詠うきみ
振り回されるのは惚れた弱み。振り回されてもいいから傍にいたいと想うのは、惚れた強み。





 

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