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【お題挑戦!】幸せだらけの10の恋愛 - きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -
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「でも、待ってるって、何を、いつまで?」
「さあ?」
 へらへら笑いながら答えると、「アンタ、バカでしょ」と美津に半眼で睨まれた。
「前回といい今回といい、どうしてそう重要なところばっかり抜け落としてくるのよ!」
「え、え、え。だってだって」
「だってもかかしもない。―――と言っても、いつまで待ってればいいの、なんて訊くの、穂香にはハードルが高そうね」
「はい、高いです」
 呆れ顔の美津に、一も二もなく同意する。途端、じろりと睨まれたが、だけれど冷静に考えても、そのことは訊けないと思う。考えてみれば、好きだと伝えられたのだって、立橋がそれとなくそういうムードに持って行ったからであって、自主的にかと問われると、今更ながら首を傾げてしまう。もちろん、伝えた言葉は全て本当だけれど。
「それにしたって、半月以上経ってるっていうのに、未だに何もなしってどういう了見よ。舐めてんのかしら」
「う、ご、ごめんな、」
「アンタじゃなくて、立橋の方」
 項垂れた穂香の頭をぺしりと軽く叩きながら、美津はご立腹のご様子だ。
「第一、理由も言わずに待てなんて。普通じゃ受け入れてもらえないわよ。アタシだったら断固拒否ね」
 美津なら、正々堂々、正面から訊くだろう。想像に難(かた)くない。とはいえ、真樹自身が隠し事なんてできなさそうな性格をしているから、実際にそういった場面に遭遇する可能性は限りなくゼロに近いだろうが。
 そう考えると、美津と真樹の二人は、相性がいい。いやいや、もちろん普段からお似合いだと思っているけれど。
 真樹の告白を思い出し、笑う。
「何笑ってるのよ」
「わっ! ご、ごめんみっちゃん」
 憤慨した様子の美津に、慌てて謝る。「でもね」と続ける。
「心配しないで。大丈夫だから。立橋くんが待っててって言ったんだもん。私は待ってる。―――みっちゃん、ありがとう」
 美津は何かを言いかけたようだったが、しょうがないなあ、という風にフッと笑い、「どーいたしまして」と口にした。
 ありがとう。ありがとう。こうして笑いながら「待ってる」と口にできたのは、背を押してくれた人がいるから。傍にいてくれる人がいるから。
 伝えきれないくらい、感謝の気持ちが溢れる。
「っても、やっぱりいつまで待たせる気よ、って言ってやりたいけどね」
「うーん。…たぶんね、全国大会の後だと思う」
 地区大会でまたも優勝を果たし、全国大会に駒を進めた彼は、日々練習に打ち込んでいる。
 穂香は、自分の考えが間違っているとは思わなかった。きっとそうだ。理由は簡単。だって、彼だから。穂香が待っている相手は、他ならぬ、立橋貴一という人だから。

**********

 それに、待つといったって、それは決してこれまでと何も変わらないというわけではなかった。いや、変わらなかったからこそ嬉しかったのかもしれない。
 いつも一緒に帰ること。土曜日の朝に公園で会えること。そこでの会話の端々に、甘さが含まれていること。
 それだけで、穂香には十分だった。
 というよりも、それ以上というのはやっぱり想像が付かない。付き合ったら、いったい今度はどう変わるのか。正直それが不安だ。そういう意味でいうと、こうして、“どちらでもない期間”があることは、穂香にとっては幸運だったのかもしれない。立橋が、そこまで考えていたかはいざ知らず。
「そういえば」
「ん?」
 彼がマロンの頭を撫でながら、促す。
「星井先輩が卒業したら、何を贈ろう…」
 今年卒業するマネージャーは、星井先輩一人だ。部員の分もあるので、高校生のお財布事情により、あまり高額なものは用意できないが、それでも記念になるか、もしくは今後も使える実用的なものを贈りたい。ここ一年の感謝も込めて。
「手堅くタオルとかでいいんじゃないか。大学でも使うだろうし。記念品を取っておいて、後で昔を懐かしむような性格をしてないから」
「確かに」
 心底、同意。
 中学の時に後輩から贈られたオルゴールも、何度か聴いてから、「いいなあ」と零した妹にあげてしまったと言う。物と思い出を切り離して考える人だ。懐かしいと思ったなら、まず先に連絡を取るだろう。
「でも…タオルかあ。どうだろう、たくさんあったら、もう要らないってなるよね。うーん、悩む」
 うーんうーんと眉を寄せて悩む。立橋が「それなら」と続けた。目が笑っている。
「今度の土曜に、部員からお金集めて、探しに行こうか。駅付近なら、いいものがありそう」
「え」
 それって、二人で?
 その疑問は声には出なかったが、顔には出ていたのだろう。「もちろん、二人で」と彼は笑う。
 それって、それって。
(な、なんだか、デート、みたい…)
 いや、あくまで先輩への卒業祝いを買いに行くだけなのだけれど。そんなことくらいで、キャアキャア騒ぐことだって、ないのだけれど、でも、タイミングがタイミングなだけに、どうしても意識してしまう。
 途端に喉が渇いた。なんて言おう。なんて言おうも何も、一言「行こう」と言えばいいだけの話だ。「そうしようか」でもいい。とにかく一言が出せればいい。だけれど、時間が空けば空くほど、口は重くなっていく。嫌なわけでは、決して無いのに。
 痺れを切らしたのだろうか、マロンが、「わんっ!」と吠えた。それにびっくりして、小さく悲鳴を上げる。そうしたら、なんだか可笑しくなった。愛犬は、「早くしなよ」と、頼りない家族にはっぱを掛けたに違いなかった。
「うん。うん…行こう。行きたい」
 それから、思い出したように付け加えた。
「星井先輩が喜びそうなもの、見つかるといいな」
 ごめんなさい、星井先輩。一瞬頭から放り出していた分、真剣に選びますので、お許しください。穂香がそんな言葉を心の中で呟くと、脳内に沸いて出た星井は、「いいよいいよ。好きなだけ楽しんどいで。その代わりお土産話の用意は必須!」と笑った。頭の中でも、彼女は彼女だった。

 そんなわけで。
 結構、どきどきした毎日を送っています。

 星井への近況報告は、その一言から始めることに決めた。
 約束。取り付けておかなくてはいけないな、と考える。彼女が卒業した後の。
 だって、きっと全国大会が終わった後には、話したいことがたくさんできる。
「…もうすぐだね」
「ん?」
「全国大会」
 ああ、と。立橋は、納得か肯定か、あるいはその両方を含んだ返答をした。
 個人の部、団体の部の順で開催されるそれは、日帰りで行き来ができる距離ではない場所で行われる。唯一個人での全国出場を果たした立橋は、一足先に会場入りすることになる。大会の日程が、月、火曜だから、日曜には出発している手筈だ。続いて月曜に、他のメンバーが出発する。マネージャーは一人ついていくことが許されているから、穂香も月曜に引っ付いて大会に参加する。
 仕方がないことだ。むしろ、マネージャー一人分の交通費、宿泊費を出してもらえることに、感謝しなければならない。――そうとわかっていても、やはり、立橋の活躍を自分の目で見たかった、と思わずにはいられない。
 全国大会が常連だと言えるほどに成長したなら、それも叶った可能性があるが、今はその途中を走っているところだ。穂香は静かに目を閉じた。
「楽しみ。…その場ではできないけど、応援してるよ、みんな」
「みんな?」
 立橋の声には、からかう響きが含まれている。それに気付いて、もう、と頬を膨らませた。
「もちろん! 私も応援してるから」
 勢いで、その手をぎゅっと握る。我に返った時に反射的に離しそうになったところをぐっと堪え、言葉を続けた。
「誰よりも、応援してる…そう胸を張って言えるくらい、応援したい」
 どきどきが、胸を突き破って出てきてしまいそう。
 そんなことを考えていると、握った手が、気付けば形勢逆転していた。「ありがとう」――耳に優しい声が届く。顔が火照(ほて)る。あげられない。たぶん、絶対、今の自分の顔は、すごくすごく赤い。
 でも、どうしよう。
 見られることは、恥ずかしいのに。それ以上に、彼の眼差しを、自分の瞳に映したい。
 そっと、願いを叶える。
 眼差しは、予想以上に甘かった。
「ごめん、今の、結構わざと。言わせたくて、少し意地悪した。…でも、嬉しい」
「う、ぇ」
 その光と発言に、今度こそ沈黙して顔を伏せた。駄目だ、向こうの方が一枚も二枚も、上手。いろんな意味で。
 星井先輩への報告には、これも言おう。
(好きな人との会話は、相変わらず、心臓が持たないです…!)

**********

 そうして、星井先輩を送り出してまた数日。とうとう、全国大会当日。穂香は会場にはいないけれど、やはり緊張する。
 気になって、気になって、仕方がない。そわそわ、そわそわ。だめ、何も集中できない。授業も上の空で聴いていたら、そういう時に限って当てられて、痛い目にあった。それでも懲りることができない思考回路は、延々と同じことばかり考える。
 今頃、立橋はどうしているだろう。頑張っていることは確かだ。
 勝ち進んで、いるだろうか。もう午前が終わる。お昼ご飯は食べただろうか。落ち着いて食べられているだろうか。顧問の先生がついているから、よっぽど大丈夫なはずだ。むしろ、その場に穂香がいたとしても、やれることは少ないのだから、気を揉んでいても仕方がない。けれど、気になる。ああ、もう夕刻だ。連絡はまだ来ない。
 部員には、顧問から連絡が入るようになっている。世の中には、メールを一斉送信するという便利なツールがある。回覧板のように、回していかなくても、それひとつ送れば済む話だ。
 それが、来ない。
 さては忘れているな、と新幹線に乗り込んで、皆で話す。
「立橋センパイ、どこまで進んだかな…」
「準々決勝まで進んでたら、褒める」
「優勝してたら、祝杯だな。その前に団体戦あるけど」
 不安と期待が入り混じった、言葉が行き交う。揃ってそわそわ。
 だからこそ穂香が笑った。
「どんな結果にせよ、私たちがするのは、到着したらまず立橋くんを労って、明日の試合に全力で望むことだよ」
 違いない。言うと同時に、「ぽやっとしてる久瀬に言われると、なんか悔しいな」と笑い声が上がった。失礼な。
 場が落ち着いたその時に、一斉に携帯が震えた。ピタリと動きを止める。顔を見合わせ、示し合わせたように同時に携帯を開いた。新着メール一件。差出人、顧問。件名には、個人戦結果、とある。逸(はや)る気持ちを落ち着かせてから、震える親指で、中央ボタンを押す。メールの本文が、ディスプレイに踊った。
『お疲れ様。立橋は頑張ったぞ。表彰台に上った。二位だ。回線がパンクしない程度にお祝いメールを送ってやれ。道中気を付けて来いよ。逆方向の新幹線に乗り込まないように』
 前半の文を読んだ時点で、ふ、と息を呑んだ。
 二位。
「すげ、二位だって」
「やっぱ立橋は強いよな」
「いよっし、明日の団体戦はこれにあやかって気合い入れんぞ」
 そんな言葉が、遠く聞こえる。
 もう一度、ゆっくりと文面を伝った。何度も何度も行き来して、それでようやく、一息吐く。
 それから、彼を想った。瞬間的に携帯を手に立ち上がりそうになったところを、堪える。だめだ。今はまだ、自分が、だめだ。
 それまでに増してはしゃぐ仲間たちからソッと離れたのは、結局、最初のメールが届いてから数駅の場所で降り、乗り換えの電車に乗って一駅過ぎたところだった。
 携帯の履歴から「立橋くん」の表示名を選び、コールする。ほどなく、彼は電話に出た。
『もしもし』
 いつもどおりの落ち着いた声に、「もしもし、穂香です」と、相手は既に画面を見て知っているに違いない挨拶を口にする。落ち着いていないのは、穂香の方だ。
『ああ、…なんか、久しぶり』
 いつもどおりの静かな声で言った後に、立橋は電話の向こうでフッと笑った。
『言うほど、久しぶりでもないか。三日だもんな』
 そうだね、と返しながらも、穂香も「久しぶり」と言いたい気分だった。三日。たった三日なのに。
 それから、そっちのホテルはどうだ、とか、加賀見くんが乗る電車を間違えかけて焦った、とか、本筋とは逸れた話を、あえて続ける。話を切り出す勇気は出なかった。なんと声を掛ければいいのかわからなかった、と言った方が正しい。おめでとうの一言を、彼が望んでいるとも思えなかったから。
 不意に、ぶつりと会話が途切れた。
 居心地が悪いような、そうでもないような、ひたすらに静かな空間。
『二年が終わるな』
 やがて、ぽつん、と立橋が零した。
「そうだね」
 穂香もぽつりと返す。
『長かったようで、短かった』
「うん、そうだね」
『一年前より、強くなった自信はあるよ』
「うん」
 独白のようだった。だから穂香は、頷くだけの返事をすることに、決めた。
『でも、負けた』
「…うん」
 だから、穂香はそう返した。
 少し置いてから、立橋が言葉を落とす。
『悔しい』
 声は、しっかりしていた。だけれど、同じくらい、震えていた。きっと今、彼は、本当に悔しそうな顔をして、唇を噛みしめているに違いない。
 立橋の対戦相手だって、相当の努力を重ねてきたはずである。全国大会に出場するほどだ。立橋の想いに決して負けないほどの熱意と情熱を持って臨んでいる者たちだ。
 だから、立橋が負けたことは、決して不思議ではない。相手が勝ったことも、負けたことも、そのどれひとつとして、不思議では、ない。
 それでも。
 それでもやっぱり、穂香は、彼に負けたことが、すごく悔しい。
 彼が、ひたすら頑張ってきた姿を、穂香は知っているから。
 二位なら上等じゃないかとは、言えない。
 目頭が熱くなる。身体の奥底から、込み上げてくるものがある。治まれ、と唇を噛んだ。したいことは、それじゃない。
「う、ん。…だから」
 落ち着け。落ち着け、と言い聞かせて、必死に言葉を紡ぐ。
「だから、立橋くんは、その悔しさを、忘れないでしょう」
 一年前の悔しさも、忘れられないと言って、今の糧にした彼ならば。
「だから、」
 続きは、彼自身が引き継いだ。
『だから、次は勝つよ。絶対に』
 震えは治まっていた。いつもの静けさがある。力強さも、また。
 その姿は決して穂香には見えないというのに、なぜか、光が、見えた気がした。
『でもその前に、しなくちゃいけないことがある。本当は、優勝してから言いたかったんだけど、…次まで、俺が、待てないから』
 照れたような言葉にも、まだ光を感じる。鋭くて、優しくて、真っ直ぐな、光。
 どくどくと、胸の動悸が激しくなる。期待をする気持ちと、それを止める気持ちが、ぶつかる。
『…言いたいことがあるんだ、久瀬に。今日、こっちに着いた後に―――聴いてくれますか?』
 心が震えた。揺れた感情が大きいのに対して、口から漏れ出たのはただの熱い空気だ。
 まともに機能しない唇。
 けれど、久瀬、と少し不安を灯した声で名を呼ばれれば、何を言うべきなのかと迷う心は消えた。
「………はい」
 短い短い言葉に、ありったけの想いを詰め込む。
 駆け引きができるほど、器用でもないし、経験もない。あるのはただ、この人が好きだという気持ちだけ。
『ありがとう』
 相手の言葉も少なかった。けれど、気持ちが同じであることは、わかる。
 それだけで十分だ。十分すぎるくらいだ。
 それから少し話をして、じゃあね、と電話を切った。
 パタンと携帯を閉じて、じ、と画面を見つめる。その画面に、ひとつ、ふたつ、と水滴が付いた。やがて穂香は、フッと息を吐くと、それらを拭って、座席に戻った。心は、ふわふわしている割に、静かでもあった。
 アナウンスが聴こえる。もうすぐ駅に着くらしい。そこを出発すれば、目的の駅まで、あと二つだ。
 自分が愛してやまない光の源までの、距離。
 その距離が着実に短くなっていることを自覚すると、穂香の口元には、自然と笑みが浮かんだ。

『だから、次は勝つよ。絶対に』

 その姿を、一番近くで見ていたいと思った。


 - END -

不本意な貰い泣き
強烈な光の中、それとは別に、仄かに、でも確かに、違う光が在ったから。




 

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