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  <title>幸せだらけの10の恋愛</title>
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  <description>【お題挑戦！】幸せだらけの10の恋愛　- きみが見つめる先を、いつしか私も見ていた -</description>
  <lastBuildDate>Mon, 23 Dec 2013 02:39:33 GMT</lastBuildDate>
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    <item>
    <title>10. 不本意な貰い泣き</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />

<p style="line-height: 200%;">「でも、待ってるって、何を、いつまで？」<br />
「さあ？」<br />
　へらへら笑いながら答えると、「アンタ、バカでしょ」と美津に半眼で睨まれた。<br />
「前回といい今回といい、どうしてそう重要なところばっかり抜け落としてくるのよ！」<br />
「え、え、え。だってだって」<br />
「だってもかかしもない。―――と言っても、いつまで待ってればいいの、なんて訊くの、穂香にはハードルが高そうね」<br />
「はい、高いです」<br />
　呆れ顔の美津に、一も二もなく同意する。途端、じろりと睨まれたが、だけれど冷静に考えても、そのことは訊けないと思う。考えてみれば、好きだと伝えられたのだって、立橋がそれとなくそういうムードに持って行ったからであって、自主的にかと問われると、今更ながら首を傾げてしまう。もちろん、伝えた言葉は全て本当だけれど。<br />
「それにしたって、半月以上経ってるっていうのに、未だに何もなしってどういう了見よ。舐めてんのかしら」<br />
「う、ご、ごめんな、」<br />
「アンタじゃなくて、立橋の方」<br />
　項垂れた穂香の頭をぺしりと軽く叩きながら、美津はご立腹のご様子だ。<br />
「第一、理由も言わずに待てなんて。普通じゃ受け入れてもらえないわよ。アタシだったら断固拒否ね」<br />
　美津なら、正々堂々、正面から訊くだろう。想像に難（かた）くない。とはいえ、真樹自身が隠し事なんてできなさそうな性格をしているから、実際にそういった場面に遭遇する可能性は限りなくゼロに近いだろうが。<br />
　そう考えると、美津と真樹の二人は、相性がいい。いやいや、もちろん普段からお似合いだと思っているけれど。<br />
　真樹の告白を思い出し、笑う。<br />
「何笑ってるのよ」<br />
「わっ！　ご、ごめんみっちゃん」<br />
　憤慨した様子の美津に、慌てて謝る。「でもね」と続ける。<br />
「心配しないで。大丈夫だから。立橋くんが待っててって言ったんだもん。私は待ってる。―――みっちゃん、ありがとう」<br />
　美津は何かを言いかけたようだったが、しょうがないなあ、という風にフッと笑い、「どーいたしまして」と口にした。<br />
　ありがとう。ありがとう。こうして笑いながら「待ってる」と口にできたのは、背を押してくれた人がいるから。傍にいてくれる人がいるから。<br />
　伝えきれないくらい、感謝の気持ちが溢れる。<br />
「っても、やっぱりいつまで待たせる気よ、って言ってやりたいけどね」<br />
「うーん。&hellip;たぶんね、全国大会の後だと思う」<br />
　地区大会でまたも優勝を果たし、全国大会に駒を進めた彼は、日々練習に打ち込んでいる。<br />
　穂香は、自分の考えが間違っているとは思わなかった。きっとそうだ。理由は簡単。だって、彼だから。穂香が待っている相手は、他ならぬ、立橋貴一という人だから。<br />
<br />
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
<br />
　それに、待つといったって、それは決してこれまでと何も変わらないというわけではなかった。いや、変わらなかったからこそ嬉しかったのかもしれない。<br />
　いつも一緒に帰ること。土曜日の朝に公園で会えること。そこでの会話の端々に、甘さが含まれていること。<br />
　それだけで、穂香には十分だった。<br />
　というよりも、それ以上というのはやっぱり想像が付かない。付き合ったら、いったい今度はどう変わるのか。正直それが不安だ。そういう意味でいうと、こうして、&ldquo;どちらでもない期間&rdquo;があることは、穂香にとっては幸運だったのかもしれない。立橋が、そこまで考えていたかはいざ知らず。<br />
「そういえば」<br />
「ん？」<br />
　彼がマロンの頭を撫でながら、促す。<br />
「星井先輩が卒業したら、何を贈ろう&hellip;」<br />
　今年卒業するマネージャーは、星井先輩一人だ。部員の分もあるので、高校生のお財布事情により、あまり高額なものは用意できないが、それでも記念になるか、もしくは今後も使える実用的なものを贈りたい。ここ一年の感謝も込めて。<br />
「手堅くタオルとかでいいんじゃないか。大学でも使うだろうし。記念品を取っておいて、後で昔を懐かしむような性格をしてないから」<br />
「確かに」<br />
　心底、同意。<br />
　中学の時に後輩から贈られたオルゴールも、何度か聴いてから、「いいなあ」と零した妹にあげてしまったと言う。物と思い出を切り離して考える人だ。懐かしいと思ったなら、まず先に連絡を取るだろう。<br />
「でも&hellip;タオルかあ。どうだろう、たくさんあったら、もう要らないってなるよね。うーん、悩む」<br />
　うーんうーんと眉を寄せて悩む。立橋が「それなら」と続けた。目が笑っている。<br />
「今度の土曜に、部員からお金集めて、探しに行こうか。駅付近なら、いいものがありそう」<br />
「え」<br />
　それって、二人で？<br />
　その疑問は声には出なかったが、顔には出ていたのだろう。「もちろん、二人で」と彼は笑う。<br />
　それって、それって。<br />
（な、なんだか、デート、みたい&hellip;）<br />
　いや、あくまで先輩への卒業祝いを買いに行くだけなのだけれど。そんなことくらいで、キャアキャア騒ぐことだって、ないのだけれど、でも、タイミングがタイミングなだけに、どうしても意識してしまう。<br />
　途端に喉が渇いた。なんて言おう。なんて言おうも何も、一言「行こう」と言えばいいだけの話だ。「そうしようか」でもいい。とにかく一言が出せればいい。だけれど、時間が空けば空くほど、口は重くなっていく。嫌なわけでは、決して無いのに。<br />
　痺れを切らしたのだろうか、マロンが、「わんっ！」と吠えた。それにびっくりして、小さく悲鳴を上げる。そうしたら、なんだか可笑しくなった。愛犬は、「早くしなよ」と、頼りない家族にはっぱを掛けたに違いなかった。<br />
「うん。うん&hellip;行こう。行きたい」<br />
　それから、思い出したように付け加えた。<br />
「星井先輩が喜びそうなもの、見つかるといいな」<br />
　ごめんなさい、星井先輩。一瞬頭から放り出していた分、真剣に選びますので、お許しください。穂香がそんな言葉を心の中で呟くと、脳内に沸いて出た星井は、「いいよいいよ。好きなだけ楽しんどいで。その代わりお土産話の用意は必須！」と笑った。頭の中でも、彼女は彼女だった。<br />
<br />
　そんなわけで。<br />
　結構、どきどきした毎日を送っています。<br />
<br />
　星井への近況報告は、その一言から始めることに決めた。<br />
　約束。取り付けておかなくてはいけないな、と考える。彼女が卒業した後の。<br />
　だって、きっと全国大会が終わった後には、話したいことがたくさんできる。<br />
「&hellip;もうすぐだね」<br />
「ん？」<br />
「全国大会」<br />
　ああ、と。立橋は、納得か肯定か、あるいはその両方を含んだ返答をした。<br />
　個人の部、団体の部の順で開催されるそれは、日帰りで行き来ができる距離ではない場所で行われる。唯一個人での全国出場を果たした立橋は、一足先に会場入りすることになる。大会の日程が、月、火曜だから、日曜には出発している手筈だ。続いて月曜に、他のメンバーが出発する。マネージャーは一人ついていくことが許されているから、穂香も月曜に引っ付いて大会に参加する。<br />
　仕方がないことだ。むしろ、マネージャー一人分の交通費、宿泊費を出してもらえることに、感謝しなければならない。――そうとわかっていても、やはり、立橋の活躍を自分の目で見たかった、と思わずにはいられない。<br />
　全国大会が常連だと言えるほどに成長したなら、それも叶った可能性があるが、今はその途中を走っているところだ。穂香は静かに目を閉じた。<br />
「楽しみ。&hellip;その場ではできないけど、応援してるよ、みんな」<br />
「みんな？」<br />
　立橋の声には、からかう響きが含まれている。それに気付いて、もう、と頬を膨らませた。<br />
「もちろん！　私も応援してるから」<br />
　勢いで、その手をぎゅっと握る。我に返った時に反射的に離しそうになったところをぐっと堪え、言葉を続けた。<br />
「誰よりも、応援してる&hellip;そう胸を張って言えるくらい、応援したい」<br />
　どきどきが、胸を突き破って出てきてしまいそう。<br />
　そんなことを考えていると、握った手が、気付けば形勢逆転していた。「ありがとう」――耳に優しい声が届く。顔が火照（ほて）る。あげられない。たぶん、絶対、今の自分の顔は、すごくすごく赤い。<br />
　でも、どうしよう。<br />
　見られることは、恥ずかしいのに。それ以上に、彼の眼差しを、自分の瞳に映したい。<br />
　そっと、願いを叶える。<br />
　眼差しは、予想以上に甘かった。<br />
「ごめん、今の、結構わざと。言わせたくて、少し意地悪した。&hellip;でも、嬉しい」<br />
「う、ぇ」<br />
　その光と発言に、今度こそ沈黙して顔を伏せた。駄目だ、向こうの方が一枚も二枚も、上手。いろんな意味で。<br />
　星井先輩への報告には、これも言おう。<br />
（好きな人との会話は、相変わらず、心臓が持たないです&hellip;！）<br />
<br />
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
<br />
　そうして、星井先輩を送り出してまた数日。とうとう、全国大会当日。穂香は会場にはいないけれど、やはり緊張する。<br />
　気になって、気になって、仕方がない。そわそわ、そわそわ。だめ、何も集中できない。授業も上の空で聴いていたら、そういう時に限って当てられて、痛い目にあった。それでも懲りることができない思考回路は、延々と同じことばかり考える。<br />
　今頃、立橋はどうしているだろう。頑張っていることは確かだ。<br />
　勝ち進んで、いるだろうか。もう午前が終わる。お昼ご飯は食べただろうか。落ち着いて食べられているだろうか。顧問の先生がついているから、よっぽど大丈夫なはずだ。むしろ、その場に穂香がいたとしても、やれることは少ないのだから、気を揉んでいても仕方がない。けれど、気になる。ああ、もう夕刻だ。連絡はまだ来ない。<br />
　部員には、顧問から連絡が入るようになっている。世の中には、メールを一斉送信するという便利なツールがある。回覧板のように、回していかなくても、それひとつ送れば済む話だ。<br />
　それが、来ない。<br />
　さては忘れているな、と新幹線に乗り込んで、皆で話す。<br />
「立橋センパイ、どこまで進んだかな&hellip;」<br />
「準々決勝まで進んでたら、褒める」<br />
「優勝してたら、祝杯だな。その前に団体戦あるけど」<br />
　不安と期待が入り混じった、言葉が行き交う。揃ってそわそわ。<br />
　だからこそ穂香が笑った。<br />
「どんな結果にせよ、私たちがするのは、到着したらまず立橋くんを労って、明日の試合に全力で望むことだよ」<br />
　違いない。言うと同時に、「ぽやっとしてる久瀬に言われると、なんか悔しいな」と笑い声が上がった。失礼な。<br />
　場が落ち着いたその時に、一斉に携帯が震えた。ピタリと動きを止める。顔を見合わせ、示し合わせたように同時に携帯を開いた。新着メール一件。差出人、顧問。件名には、個人戦結果、とある。逸（はや）る気持ちを落ち着かせてから、震える親指で、中央ボタンを押す。メールの本文が、ディスプレイに踊った。<br />
『お疲れ様。立橋は頑張ったぞ。表彰台に上った。二位だ。回線がパンクしない程度にお祝いメールを送ってやれ。道中気を付けて来いよ。逆方向の新幹線に乗り込まないように』<br />
　前半の文を読んだ時点で、ふ、と息を呑んだ。<br />
　二位。<br />
「すげ、二位だって」<br />
「やっぱ立橋は強いよな」<br />
「いよっし、明日の団体戦はこれにあやかって気合い入れんぞ」<br />
　そんな言葉が、遠く聞こえる。<br />
　もう一度、ゆっくりと文面を伝った。何度も何度も行き来して、それでようやく、一息吐く。<br />
　それから、彼を想った。瞬間的に携帯を手に立ち上がりそうになったところを、堪える。だめだ。今はまだ、自分が、だめだ。<br />
　それまでに増してはしゃぐ仲間たちからソッと離れたのは、結局、最初のメールが届いてから数駅の場所で降り、乗り換えの電車に乗って一駅過ぎたところだった。<br />
　携帯の履歴から「立橋くん」の表示名を選び、コールする。ほどなく、彼は電話に出た。<br />
『もしもし』<br />
　いつもどおりの落ち着いた声に、「もしもし、穂香です」と、相手は既に画面を見て知っているに違いない挨拶を口にする。落ち着いていないのは、穂香の方だ。<br />
『ああ、&hellip;なんか、久しぶり』<br />
　いつもどおりの静かな声で言った後に、立橋は電話の向こうでフッと笑った。<br />
『言うほど、久しぶりでもないか。三日だもんな』<br />
　そうだね、と返しながらも、穂香も「久しぶり」と言いたい気分だった。三日。たった三日なのに。<br />
　それから、そっちのホテルはどうだ、とか、加賀見くんが乗る電車を間違えかけて焦った、とか、本筋とは逸れた話を、あえて続ける。話を切り出す勇気は出なかった。なんと声を掛ければいいのかわからなかった、と言った方が正しい。おめでとうの一言を、彼が望んでいるとも思えなかったから。<br />
　不意に、ぶつりと会話が途切れた。<br />
　居心地が悪いような、そうでもないような、ひたすらに静かな空間。<br />
『二年が終わるな』<br />
　やがて、ぽつん、と立橋が零した。<br />
「そうだね」<br />
　穂香もぽつりと返す。<br />
『長かったようで、短かった』<br />
「うん、そうだね」<br />
『一年前より、強くなった自信はあるよ』<br />
「うん」<br />
　独白のようだった。だから穂香は、頷くだけの返事をすることに、決めた。<br />
『でも、負けた』<br />
「&hellip;うん」<br />
　だから、穂香はそう返した。<br />
　少し置いてから、立橋が言葉を落とす。<br />
『悔しい』<br />
　声は、しっかりしていた。だけれど、同じくらい、震えていた。きっと今、彼は、本当に悔しそうな顔をして、唇を噛みしめているに違いない。<br />
　立橋の対戦相手だって、相当の努力を重ねてきたはずである。全国大会に出場するほどだ。立橋の想いに決して負けないほどの熱意と情熱を持って臨んでいる者たちだ。<br />
　だから、立橋が負けたことは、決して不思議ではない。相手が勝ったことも、負けたことも、そのどれひとつとして、不思議では、ない。<br />
　それでも。<br />
　それでもやっぱり、穂香は、彼に負けたことが、すごく悔しい。<br />
　彼が、ひたすら頑張ってきた姿を、穂香は知っているから。<br />
　二位なら上等じゃないかとは、言えない。<br />
　目頭が熱くなる。身体の奥底から、込み上げてくるものがある。治まれ、と唇を噛んだ。したいことは、それじゃない。<br />
「う、ん。&hellip;だから」<br />
　落ち着け。落ち着け、と言い聞かせて、必死に言葉を紡ぐ。<br />
「だから、立橋くんは、その悔しさを、忘れないでしょう」<br />
　一年前の悔しさも、忘れられないと言って、今の糧にした彼ならば。<br />
「だから、」<br />
　続きは、彼自身が引き継いだ。<br />
『だから、次は勝つよ。絶対に』<br />
　震えは治まっていた。いつもの静けさがある。力強さも、また。<br />
　その姿は決して穂香には見えないというのに、なぜか、光が、見えた気がした。<br />
『でもその前に、しなくちゃいけないことがある。本当は、優勝してから言いたかったんだけど、&hellip;次まで、俺が、待てないから』<br />
　照れたような言葉にも、まだ光を感じる。鋭くて、優しくて、真っ直ぐな、光。<br />
　どくどくと、胸の動悸が激しくなる。期待をする気持ちと、それを止める気持ちが、ぶつかる。<br />
『&hellip;言いたいことがあるんだ、久瀬に。今日、こっちに着いた後に―――聴いてくれますか？』<br />
　心が震えた。揺れた感情が大きいのに対して、口から漏れ出たのはただの熱い空気だ。<br />
　まともに機能しない唇。<br />
　けれど、久瀬、と少し不安を灯した声で名を呼ばれれば、何を言うべきなのかと迷う心は消えた。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;はい」<br />
　短い短い言葉に、ありったけの想いを詰め込む。<br />
　駆け引きができるほど、器用でもないし、経験もない。あるのはただ、この人が好きだという気持ちだけ。<br />
『ありがとう』<br />
　相手の言葉も少なかった。けれど、気持ちが同じであることは、わかる。<br />
　それだけで十分だ。十分すぎるくらいだ。<br />
　それから少し話をして、じゃあね、と電話を切った。<br />
　パタンと携帯を閉じて、じ、と画面を見つめる。その画面に、ひとつ、ふたつ、と水滴が付いた。やがて穂香は、フッと息を吐くと、それらを拭って、座席に戻った。心は、ふわふわしている割に、静かでもあった。<br />
　アナウンスが聴こえる。もうすぐ駅に着くらしい。そこを出発すれば、目的の駅まで、あと二つだ。<br />
　自分が愛してやまない光の源までの、距離。<br />
　その距離が着実に短くなっていることを自覚すると、穂香の口元には、自然と笑みが浮かんだ。<br />
<br />
『だから、次は勝つよ。絶対に』<br />
<br />
　その姿を、一番近くで見ていたいと思った。<br />
<br />
<br />
　<strong>- END -</strong></p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%;"><span style="color: #fff0f5;"><span style="font-size: x-large;">不本意な貰い泣き</span></span><br id="NINJASELECTIONID" style="clear: both;" /> <span style="color: #ffffff;">強烈な光の中、それとは別に、仄かに、でも確かに、違う光が在ったから。</span></p>
<p><br />
<br />
<br />
<span style="color: #ffffff;">&nbsp;</span></p>]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/10.%20%E4%B8%8D%E6%9C%AC%E6%84%8F%E3%81%AA%E8%B2%B0%E3%81%84%E6%B3%A3%E3%81%8D</link>
    <pubDate>Mon, 23 Dec 2013 02:45:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>09. 少年漫画みたいな恋をしたい</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />

<p style="line-height: 200%;">　あの心揺れるできごとから、早一週間。<br />
「はいそこまで！　よし、全員いったん休憩！　水分補給はしっかりしろよ！」<br />
　穂香の周りは、驚くほど変わっていない。<br />
　もしや、あれは夢だったのではないか。そう考えてしまうほど、至って変化なし。いつもどおりの日常だ。<br />
　だけど。<br />
　目が合う。ふっと彼が笑った。<br />
「～～～～～&hellip;っ！」<br />
　平常心じゃ、いられない。それこそ夢ではない証拠だ。その場でへたり込まなかっただけ、自分を褒めてやりたい。心臓がバクバク言っている。煩い。けれどまさか、止まれ、とは言えない。せめてもう少し落ち着いて、とは思う。<br />
　まるで恋に落ちてすぐの頃のよう。<br />
「センパイ？　熱でもあるんですか～？」<br />
　ひょこん、と後輩が顔を覗かせる。キャアッ、と悲鳴を上げると、逆に驚かれた。<br />
「び、びっくりしたあ！」<br />
「&hellip;熱、なさそうですね。元気そー」<br />
　その返しは、釈然としないものを感じる。どういうことだ。<br />
　にんまり、と彼は笑う。<br />
「もしかしてー、立橋センパイとイイことあったんスか？」<br />
「え！？　な、ななななんで&hellip;っ！？」<br />
「あはは、センパイわかりやすすぎ～」<br />
　腹を抱えての大笑いが、すごく憎たらしい。またふと、既に部を去った先輩の顔を思い出す。<br />
（しっかり後輩にもバレてます、星井先輩！）<br />
　何故か、いい笑顔の彼女が、穂香の脳裏に浮かんだ。まったくもって彼女らしい。<br />
　だけど、だけど。<br />
　スウ、と視線を流す。やっぱり目が合う。彼の瞳は、休憩中だからか、少しばかり弱まった、けれどやはりしっかりと光を宿している。<br />
　あの言葉の真意は、いったい何だったのだろう。<br />
<br />
　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
<br />
「なんだと思う？」<br />
「そんなに気になるなら、本人に直接訊けばいいじゃないの」<br />
　面倒そうに返される理由が、自分にあることはわかっている。何度も何度も、同じことを訊いているのだ。初めはそれなりに考えられた答えだったのが、だんだんと投げやりなものに変化していくのは、当然といえば当然だ。<br />
「ううう」<br />
　唸って、突っ伏す。膝に抱え込んだクッションは、もふもふしていて肌触りがよい。それで少し、落ち着いた。<br />
　改めて、部屋を見渡す。騒がしい彼の部屋は、けれどさほどごちゃごちゃしていない。前にそろっと口にしたら、「ミツはキチッとしてる方が、落ち着くらしいから」とのろけられた。<br />
　クッションも、彼のイメージとは程遠い――と言っては失礼だが、まあ彼&hellip;真樹は気にしないだろう――、柄もシンプルで上品な紫一色で、質もいいものだ。これってひょっとして、美津専用だろうかと今更ながらに焦ったが、よく見ると美津は色違いのオレンジクッションを背もたれに使っている。ならこれは真樹のものかと首を傾げると、視界の端に、同じく色違いの緑クッション。―――どうやら、誰それ専用、とは関係なく、単純に気に入っているらしい。<br />
　そういうわけで、そっと肩の力を抜いた穂香は、遠慮なく再びクッションを潰した。<br />
「&hellip;でもやっぱり気になる」<br />
「だから」<br />
「だけど！」<br />
　しつこい穂香に、うんざりしている美津の言葉を遮る。<br />
「今、大会控えてるから&hellip;何も、訊けないし、訊いて邪魔とか、したくない。から、我慢、する」<br />
　立橋の調子は、平常どおり、いい。その状態を維持することさえできれば、地区大会突破は決して不可能ではない。むしろ可能性は高いくらいだ。伊達に一年以上、マネージャーをしてきたわけではない。そのあたりのコンディションは、立橋に限らず、嗅ぎ取ることができるようになってきた。<br />
　だからこそ、今落ち着いているように見える立橋という選手に、変な気を遣わせたくないのだ。<br />
　マネージャーとして、というのもある。一ファンとして、というのももちろんある。何より久瀬穂香という一人の人間として、そう思う。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;そう」<br />
　美津が微かに笑った気がした。<br />
「何度も口にしたって仕方ないってわかってるの。だけど一度気になり出すと、どうしようもなくって。&hellip;ごめんね、みっちゃん」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;。二日に一回ペースなら、話を聴いてあげないこともないわよ」<br />
　それは破格のサービスだ。きょとん、とした穂香は、その意味を理解するなり、満面の笑みを見せた。<br />
「ミツー、ほのっちー。飲みモン持ってきたー！」<br />
　三人分を一気に持ってくるのに必要だったのだろう、盆に三つのコップが載っている。ほい、ほい、と真樹は慣れた動きで、持ってきた飲み物を置いていく。<br />
「わ、マキちゃんありがとー」<br />
　パッと顔を輝かす。穂香と真樹の飲み物の色はオレンジ。いつものオレンジジュースだ。美津のものだけ違う。茶。色名の通り、麦茶だ。私も二杯目はお茶がいいな、と思いながら、三人は当初の目的―――テスト勉強を開始。<br />
　どの教科でもドンと来いの美津にわからないところを訊きつつ進める、というのがいつものパターンだ。古文だけは穂香の担当だが、他は全部美津頼り。穂香でもできないことはないが、一度美津のわかりやすい解説を聴いてしまえば、どうしてもそちらに頼ってしまう。生徒は、基本的に真樹だ。<br />
　もっと言うならば。<br />
「うあ～&hellip;&hellip;&hellip;もうだめ。ギブ」<br />
　真っ先に根を上げ、集中力を切らすのも、彼だ。<br />
「マキちゃん&hellip;まだ三十分も経ってないよ」<br />
「いや、オレにしてはスゴクね？　三十分もった」<br />
　確かにそうかもしれないが、自分で胸を張って言うことではない。全くもう、と呆れたような溜め息を吐いたのは、美津だ。かといって、もう少し頑張りなさいよ、とは言わない。言えば真樹は、またやり始めるだろう。何より美津が言うのだから。でも、それはあくまで手を動かしているだけで、頭は働いていない。そんな状態で無理やり詰め込もうとしたって効率が悪いだけだと、彼女は知っている。<br />
　だから、三十分くらいはそのまま放置、が美津のスタイルだ。穂香も特に異論があるわけではないので、それに従っている。<br />
　ただ、隣で堂々と漫画を読み始められると、さすがにこちらも集中力が低下することだけが、難点。<br />
　ちろり、とその場でばったり倒れ込んで、熱心に漫画を読んでいる真樹を見る。そのタイトルは、穂香も読んでいる漫画のソレだ。<br />
（&hellip;あ、新刊出たんだ。あとで貸してもらおっかな）<br />
　疼いた気持ちをなんとか抑え込み、根性でそこから目を逸らす。そうでもしなければ、誘惑に負けてしまいそうだった。けれど、意識が不意に、そちらに向いてしまうことは、止められなかった。<br />
　続きが気になる、という感覚とも、違った。<br />
　ただその冒険ものの漫画は、恋愛要素も少しばかり含まれており、それが思い出されたのだ。<br />
　少女漫画よりも、甘味と苦味が抑えられた恋。穂香にとっての少年漫画の恋愛のイメージは、ソレだ。甘酸っぱさよりも、サッパリとした味がする。<br />
　自分の恋は、どちらかといえば、それに似ているのではないかと思った。穂香自身は、少女漫画のような展開に憧れを抱いてきたけれど、そしてそんな気分を味わってもきたけれど、果たして立橋のような視点から見た時、恋愛というのは、少年漫画のようなものである気がしたのだ。<br />
　どれだけ大切だと思っても、きっと彼は恋愛一筋にはなれはしない。<br />
「だからここは、&hellip;穂香、聴いてる？」<br />
「えっ？　あ、ごめんみっちゃん！」<br />
「はは、ほのっちボーッとしすぎー」<br />
　漫画を読んで、おおよそ穂香のことなど意識の外に出ていると思っていた真樹にまで言われた。ガーン、という効果音を背中に背負った穂香を見て、真樹がケタケタ笑う。<br />
「なになに、もしかして恋煩いとか？」<br />
「ななななな、ななに言っ&hellip;！？」<br />
　思い切り、動揺した。まさか他称鈍感男（注：他称は時として、自称よりも一層強い意味を持つものである）にまでバレているのだろうか。ますますショックだ。<br />
　至極失礼なことを考える穂香の手前、真樹が大袈裟に驚いた。<br />
「え、まさかの図星！？　うっわ、オレなんか冴えてる！　え、誰、だれだれ？　オレの知ってるやつ？　何年？　何組？」<br />
　気付かれては、いないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。考えてみれば、気付いていたら今頃恐ろしい勢いで周りに広まっているはずである。そうではないということは、そういうことなのだ。<br />
　かといって、この質問責めを前に、ついうっかり、ぽろっと口を滑らす危険性も、なきにしもあらず、である。むしろこれだけの勢いだ。思わず口にしてしまうことはなんら不思議ではない。穂香自身、それで泣きを見た知人友人を何人も見てきたのだから。<br />
　それでも決定的に恨まれないのは、彼の性格ゆえだろう。猫に鼠を捕るなといっても無理だ。それは生まれ持っての習性であり、本能である。つまりは、それと一緒。<br />
　だからこそ、穂香は貝になる必要があった。<br />
「なー、なーっ！　教えろよー。協力するから、めっちゃ役立つよ、オレ！」<br />
　嘘だ。いや本人的には本当なのだろうが、でも嘘だ。少なくとも九割方は。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　黙々と、勉強をする。いや、しているフリをする。正直、心臓がバクバクいっていて、それどころではない。だけれど、そうする。その必要があるからだ。<br />
　なあなあ、と未だ話し掛けてくる真樹を、必死で無視する。―――が。<br />
「ほのっちー、なあ、誰？　ほんと誰？　オレ気になって眠れない！」<br />
「っ、私マキちゃんには絶っ対に言わないもん！　眠れなくなったって、言わないんだからー！」<br />
「えええ、なにそれ。友情より恋愛を選ぶのか？　オレとほのっちの仲はその程度のものだったのか！？」<br />
「そ！　そう、じゃないけど&hellip;別に、選ぶとかじゃなくってぇ」<br />
　単に、広まるのが嫌なだけだ。そこに真樹が嫌いとかそうではないとか、そういう感情は一切ない。<br />
　ただ、絶対に広まりそうだから、とは何故か言い難く、結果、言いよどむことになってしまった。<br />
　ぶすっと不貞腐れた表情の真樹は、そのまましばらく停止していたが、直後、動き始めるとポンと手を打った。<br />
「&hellip;オレ、わかったかも、ほのっちの好きな人。うん、閃（ひらめ）いた！」<br />
「えっ？」<br />
「ズバリ、」<br />
　真樹は真剣そのものの瞳で、スウ、と人差し指を前に突き出す。そして、その指し示す方向を、勢いよく自分の顔に向けた。<br />
「オレ！」<br />
「あ、絶対ない。ありえない」<br />
「サラッと否定されんのもなんか傷付く！」<br />
　うわあーん、と泣く真似をする真樹に、「だってマキちゃんはそういうんじゃないから。どうしたって友達だから。恋愛的な意味で好きって&hellip;うん、ない」と穂香は眉尻を下げて、答える。更に撃沈。<br />
「い、いいんだ。オレにはミツがいるんだか、」<br />
「いい加減煩い。黙れ」<br />
　絶対零度が降臨した。二人揃って、その発生源を見る。それから、お互いの顔を見た。どうするかは、その瞬間に決まった。<br />
「「ごめんなさい。ちゃんと勉強します」」<br />
　こういう時だけは絶対にぴったりと重なる声は、間違いなく、三人が長い付き合いである証だった。<br />
「じゃ、勉強に戻んなさい。真樹、漫画は終了」<br />
「はい、戻ります」<br />
「穂香はさっきの続き。ここまではわかったのよね？」<br />
「はい、わかりました」<br />
　しっかり統率の取れた軍隊のようにキビキビした動きで、お互いの職務に戻る。視界の端に、真樹が先ほどまで読んでいた漫画が入り込む。<br />
（&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;）<br />
　少年漫画の告白シーンって、どんなだったっけ。<br />
　不意に、そんな考えが頭を掠めた。パッと浮かんだのは、彼の顔。<br />
　真剣な顔。<br />
　鋭い光。<br />
　―――だから、&hellip;見てて、欲しい。久瀬のために、なんて言わないけど。ただ俺は俺のために、絶対に勝つから。<br />
　それが見つめる先は、あの時確かに、穂香だった。<br />
「っ、ふ、わ～～～～～っ！」<br />
「うおあ、なに、なになにっ？」<br />
「いきなり奇声あげないでよ、穂香」<br />
　事情を知る美津は、あくまでクールだ。ああその冷静さが少しでも自分にあれば、あの時もう幾ばくかはまともな反応ができただろうか。そんな今更なことを考える。<br />
<br />
　要するに、彼女は自分の動揺を隠しきれないでいたのだ。<br />
<br />
　だから、こういう状況になると、すごく困るわけで。<br />
　穂香は顔をあげられず、ただひたすらに、コンクリートの道路を睨む。<br />
　隣の足音がやけに響いて仕方ない。耳あても持ってくるべきだった。<br />
「なあ」<br />
「ひっ、あ、はい！」<br />
　ぴしゃん、と背筋が伸びる。直立不動の体勢のまま、カクカクと前に進む穂香の姿が可笑しかったのか、立橋はフッと柔らかく笑った。<br />
「あ～っ、ひ、ひどいよ立橋くん。笑うなんて」<br />
「だって久瀬、さっきからずっとロボットみたいに歩いてる」<br />
　確かにそれは、穂香が立橋の立場でも、笑う。でもだって、と穂香は一人膨れた。その原因は、他でもない、隣にいる彼だ。そんなこと言えないから、ただ膨れるだけ。<br />
「そ&hellip;そんなにへん？」<br />
「うん、変。おかしい」<br />
　ざっくり斬られた。どうしようもなくなって、うう、と唸る。やっぱり顔は上げられないし、立橋の顔は見られない。ひたすらロボットのように進む。<br />
「でも」<br />
　立橋が言葉を続けた。少し迷ってから、でも潔く、はっきりと言った。甘く柔らかく、口にした。<br />
「でも、嬉しい」<br />
「え？」<br />
　思いがけない言葉に、反射的に立橋を見る。彼は声のとおりに、笑っていた。<br />
「前の言葉の意味、考えてくれたって、自惚れていい？」<br />
「&hellip;え？」<br />
　ぱくぱくと酸素を求める鯉のように口を動かしながら、最近、彼の前でまともに話せていないな、と場違いなことを考える。要するに現実逃避。でも彼がそれを許してくれなかった。<br />
「ていうか自惚れる。&hellip;はは、これで一人で舞い上がってるだけだったら、俺、カッコ悪いな」<br />
「そ&hellip;！」<br />
　そんなことないよ。言おうと思ったのに、口が回らない。あれ、あれ。おかしいな。少し前までは、きちんと動いていたのに。無意識に眉がハの字になる。情けない。それを見たのかどうか、立橋は少し歩くスピードを上げたようだった。自然と穂香の少し前を歩く形になる。<br />
　何か言わなくちゃ。<br />
　その背中に。<br />
　伝えたいことは、たくさんあるはずだ。<br />
　―――なんでもかんでも待ってばっかりだと、肝心なところでチャンスを掴めないんだからね。<br />
　いつかの美津の言葉がよみがえる。真剣な顔で、多少の心配の色を載せて、穂香を応援してくれた彼女。<br />
　そうだね。<br />
　躊躇うことで失いたくないものは、今、目の前にある。<br />
　ぐっと顎を引く。コンクリートばかり見つめていた目は、しっかり前を見据える。<br />
「立橋くん&hellip;！」<br />
　口から飛び出た声は震えていた。大声で叫んだつもりなのに、掠れ気味だ。<br />
　それでも彼は気付いてくれた。振り返ってくれた。<br />
「わ、私&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　なんて言おう。何を言おう。迷った末に、飛び出した言葉はひとつだった。<br />
「好き」<br />
　もっとかっこよく言えればよかったかもしれない。あなたの瞳の輝きに魅せられたのだ、とか。これから先も見ていきたい、だとか。言いようはいくつもあったはずだ。<br />
　それでも一番伝えたい想いは、これひとつだった。<br />
「好き、です&hellip;！」<br />
　顔が熱い。きっとりんごだって笑ってしまうくらい、赤いだろう。気持ちを伝えることは、難しい。全てを伝えきることなんて、到底できない。<br />
　それならせめて、一番大事な部分だけでも。<br />
　一番大切な想いだけでも。<br />
　きみに届けばいい。<br />
　きみの心に、どうか届いて。<br />
　切なる祈りを、きっと神様は叶えてくれた。日々の業務に追われて大忙しだろうに、しっかり叶えてくれた。<br />
「ありがとう」<br />
　気付けば、彼の香りが近くにあった。手をぎゅうっと握る。ありがとう、と再度、同じ言葉が紡がれる。<br />
「&hellip;返事、少し待ってもらって、い？」<br />
　柔らかく笑う顔に、どうしてだろう、と思う前に、身体が勝手に動いていた。こくん、と首を上下に振る。<br />
「絶対伝えるから。&hellip;我がままでごめん」<br />
　困ったように眉尻を下げる彼に、それはきっと柔道が関係しているのだと気付く。きっとそうだ。だって彼の優先順位は、いつだってソレが上位。それでいいのだから。穂香は笑う。<br />
「待ってる」<br />
　それはまるで、二人だけの秘密のようで、胸が高鳴る。<br />
　夢見る心は健在だ。帰ったら美津にそう言おう。彼女はきっと呆れながら、でもよかったねと祝福してくれるだろう。<br />
<br />
<br />
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<p style="text-align: right; line-height: 200%;"><span style="color: #fff0f5;"><span style="font-size: x-large;">少年漫画みたいな恋をしたい</span></span><br id="NINJASELECTIONID" style="clear: both;" /> <span style="color: #ffffff;">だってその方が、きみらしいから。きみがきみらしく笑う姿が、私は一番好きだから。</span></p>
<p><br />
<br />
<br />
<span style="color: #ffffff;">&nbsp;</span></p>]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/09.%20%E5%B0%91%E5%B9%B4%E6%BC%AB%E7%94%BB%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%AA%E6%81%8B%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84</link>
    <pubDate>Mon, 23 Dec 2013 02:35:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>08. あまりにも穏やかな終幕</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />

<p style="line-height: 200%;">「がんばって&hellip;！」<br />
「いけーっ」<br />
　喧騒は、穂香の耳には届かない。<br />
　一年前と同じ。ただ見ている自分。鋭い光を携（たずさ）える彼。<br />
　グン、と相手の腕が伸びる。穂香は、錯覚する。興奮によって朧げになった記憶の中から引っ張りあげた、&ldquo;あの時&rdquo;が再び訪れたように。伸びた腕が、彼を捕らえ、そのまま一気に―――そう、確か、一年前は、そう。<br />
　しかし、一年前とは、決定的に違っていた。<br />
　伸びた腕は確かに彼を捕まえたと思った。いや、事実捕った。しかし同様に、彼自身の腕も、相手をしかと捕らえていた。見合う、見合う。一瞬の膠着（こうちゃく）。いや、どうだろう。もしかすると一瞬ではなかったかもしれない。全体的にゆっくりに見える。ゆっくりと、流れている。<br />
　時間の感覚が、妙にズレている。そう感じた。<br />
　でなくては、いつも見ていた、あんなに速い技が、こんなにゆっくり、穂香の瞳に映るはずがない。<br />
　詰まった距離の中で、しかし力負けすることなく、鋭い足払いが掛かる。後ろから崩され、グラリ、と傾く相手の身体を、払った勢いをそのまま利用し、まるで地に押さえつけるかのように、投げた。<br />
　綺麗に落とされた身体。<br />
「一本！」<br />
　一拍後に響く、審判の声。一瞬静まり返った会場が、それまで以上に湧き上がった。<br />
「うおーっ、立橋センパーイ！」<br />
　叫ぶ後輩の声が、遠い。<br />
　ハッ、と息を鋭く吐いた立橋の瞳は、彼の立ち位置と、身体の角度のため、まだ見えない。<br />
　あれ、おかしいな。穂香はぼんやり思った。<br />
　試合途中から、今に至るまで、まだ時がゆっくり流れている。こういうのって、決定的な場面だけで起こる、走馬灯現象ではないの？<br />
　どうして今なお、それが続くのか。そんなことをぼんやり考えて、すぐに答えに行き着いた。<br />
　俯き加減だった顔が上がる。伏し目がちだった目も、前を向く。光が、より一層強まる。<br />
　簡単なことだった。<br />
　自分にとっての決定的瞬間は、技が決まった時でも、勝負に勝った時でもなく、この瞳が輝きを強める時に他ならないのだから。<br />
　ゆっくり、ゆっくり、光が射す。その光が、奔（はし）った拍子に、自分を収めた気がした。それがやっぱり嬉しくて、穂香は自然と微笑んだ。時間の流れが元に戻る。喧噪が甦（よみがえ）る。だけれど、夢心地は抜けきらない。<br />
　立橋とその対戦相手が、礼をして、こちらに戻ってきても、その余韻に浸っていた。肌が粟立つ感覚を、今、彼が自分以外にも与えているのだと想像すると、無意味かつ見当違いであるとわかってはいたが、少しだけ妬いた。<br />
<br />
　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
<br />
「久瀬！」<br />
　呼び掛けに、我先に反応したのは、穂香ではなく、愛犬マロンだった。マロンは尻尾をぶんぶんと振って友愛を示す。余程嬉しいのか、耳がペタンとなっている。<br />
　なんとなく、その姿に自分を重ねてしまう。犬は飼い主に似てくるというが、果たして人の好き嫌いも似てくるものなのか。そうだとしたら、なんだか可笑しい。<br />
「マロンも。元気だったか？」<br />
「わんっ！」<br />
　マロンは元気よく応えた。立橋が彼女と会うのは、二週間ぶりだ。彼はポンッとマロンの頭を一撫ですると、改めて穂香に向き直った。<br />
「いつもより早いね？」<br />
「あ&hellip;う、うん。なんとなく、早く目が覚めちゃって」<br />
　早い時間に来て、朝の空気に浸りたい気分だったのだ。無論、そこから彼が来るまで―――来るとしたら、この時間までだ、と思われる時間まで、待っているつもりだったのだけれど。<br />
　彼も、心なしか、いつもよりも少しばかり早い気がする。<br />
　しかしあえてそれには触れずに、穂香は笑った。<br />
「変な話なんだけど、一週間経ったのに、まだドキドキしてるの」<br />
　それは、本当。いい加減静まってもよさそうなものなのに、と思いながら、更に言葉を続ける。<br />
「そういえば&hellip;改めて、言ってなかったかも。立橋くん、優勝おめでとう」<br />
「ありがとう」<br />
　ニカリと笑う彼は、いつもよりも年相応に見えた。あの後も順調に勝ち進めた彼は、見事個人優勝を果たした。これで地区大会への出場が決定した。このまま順調に行けば――行くだろうと、穂香は、それに彼自身も信じているだろうが――全国大会だ。団体戦での全国出場は、既に決定している。<br />
　とはいえ、部員たち当人にとっては、さして感動する結果でもないらしかった。穂香の高校は、地区大会には必ず進む。地区大会は、行けて当然。そこで躓いているようであれば、論外。顧問が変わった時期を境に、全国大会にも出場する機会が増えてきたから、今では全国大会の出場自体で喜ぶ部員も少ない。問題は、行ってからの成績だ、ということらしい。―――正直に言うと、立橋に一目惚れするまでは、自分の高校のクセに、そんなことすら知らなかったのだが。それはさておき。<br />
　だからこそ、出場して早々、全国まで進み、その後も成績を残してきた立橋には、周りからの期待が自然と掛かっている。<br />
　第二の立橋か、と言われる後輩の加賀見も、昨年の立橋よりもひとつ下の順位で、地区大会へ駒を進めた。気負いしているかと思い声を掛けてみたが、彼には「いよっしゃー！　俺も活躍してやんぜー」と呵々大笑するほどの余裕があるらしい。本当に、肝が据わっているというかなんというか。立橋とはタイプが異なるが、あれも大物になるに違いない、と穂香は素人ながらに感じた。<br />
　ともあれ。<br />
　めでたいことには変わりない。たとえ本人たちが、無条件で喜んでいなかろうとも。<br />
「でも、俺も同じかもしれない」<br />
「&hellip;、え？」<br />
　なんの話だったっけ。首を傾げる穂香に、「自分から話を振ったのに」と立橋は可笑しそうに言う。<br />
「大会の、なんていうか&hellip;余韻？　まだ残ってる」<br />
「立橋くんが？」<br />
　穂香は目を丸くさせた。―――先ほどに述べたことも関連し、彼にとっては、これはただの通過点なのだろう、と考えていたからだ。<br />
「そんなに意外？」<br />
「あ、や&hellip;、&hellip;&hellip;&hellip;えと、そ、うかも。立橋くんって、もっとずっと先を見てるって、勝手に思ってたから」<br />
　散々戸惑ってから、結局これだけ狼狽えておいて、違うと言い張るのも白々しい気がしたので、肯定してみる。それから、ふと先週の会話を思い出した。不敵に笑った顔。悔しかったと真っ直ぐ言い切った声。<br />
「去年の悔しさは、解消できた？」<br />
　その言葉に、立橋は困ったように眉尻を下げ、片手で首の後ろを擦（さす）った。<br />
「同じ大会で勝てばスッキリするかと思ったけど、そうでもなかった。やっぱり、悔しいものは悔しかった。塗り替えなんて、どうやったってできないって悟った。でもそれでいいんだろうな。その気持ちって、これから先も俺の力になると思うから」<br />
　それは。なんとなく、わかる気がした。<br />
　柔道のルールだって、正直まだ曖昧で。醍醐味だって、柔道ファンの10分の1も知らないだろう。けれど、その気持ちは、柔道に限ったことではないだろうから。<br />
　たとえば、恋愛だって。<br />
　どれだけ不毛だと知っていたって、結局自分の気持ちはそうそうコントロールできるものではないから、付き合っていく他ない。それでも好きにならなければよかったとは、どうしても思えない。<br />
　子供だからかもしれない。大人になって苦みを知れば、好きにならなければよかった、と、本気で思うのかもしれない。でも、穂香はそうはなれない。子供でも構わない。たとえその視界に、自分が入っていなくても。その瞳を見るたびに、好きになってよかったと、心底、思う。<br />
　これだけ強い想いを、自分が持てるなんて、思っていなかった。<br />
　これだけ強い想いで、誰かを想えるなんて、思っていなかった。<br />
　それはきっと、素敵なこと。<br />
　それができる自分は、捨てたもんじゃないはずだ。<br />
　だから穂香は、力強く頷いた。<br />
「うん、そうだね」<br />
　力強く頷いて、笑った。<br />
「きっとそれは、立橋くんの力になる。私もそう思うよ」<br />
　言ってから、ハッと我に返る。<br />
「あああああっと、ご、ごめ、偉そうなこと言っちゃって&hellip;！　やや、でもほんとにそう思って！」<br />
「ふっ&hellip;、焦る久瀬、久々に見た。やっぱ可笑しい」<br />
「え、えええっ？　そ、そういう反応？　そうなの？　そんなに可笑しいかな！？」<br />
　なんだか、複雑。<br />
　確かに、自分でも滑稽（こっけい）だとは思うけれど。<br />
　クツクツと笑う立橋は、うん、とサラリと頷いた。<br />
「やっぱ、なんか、落ち着く」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;。ふえ？」<br />
　落ち着く？<br />
　それは、喜んでいいのだろうか。ますます複雑な心境で、眉を寄せる。落ち着くというのは、つまり、自分が大慌てするという醜態を幾度となく晒してきて、それが日常の中で当たり前となってしまったからで。いやでも、当たり前の中に組み込んでもらえているのは、少し嬉しいような。いや。いやいや。<br />
　―――改めて考えても、やっぱり複雑。<br />
「はは、百面相」<br />
「え、あ&hellip;」<br />
　そんなに、ころころ変わっていただろうか。&hellip;変わっていただろうな。<br />
「っかし&hellip;」<br />
　本当に可笑しそうに、背を少し丸めて、彼は笑う。軽くグーにした拳を口元に当て、顔を緩めている。リラックスしている時の顔だ。柔道をしている時とは、全く違う。穂香が初めに惹かれたのは、鋭い眼差しだったが、今の柔らかい表情も、やっぱり好きだ。<br />
　気を許してもらえているようで。<br />
　思わず、頬がゆるゆる緩んでしまう。<br />
　えへへ、と照れ照れ笑っていると、「ありがとう」と改まった声が、横から聴こえた。何事かと、目を瞬かせる。<br />
「久瀬と会ってから、俺、前より素直に笑えるようになった気がするから」<br />
「それは&hellip;えっと、ど、どういたしまし、て？」<br />
　なんだか、改めて言われると、恥ずかしいとさえ感じることを、サラリと言われた気がする。<br />
　素直に、と言うけれど。彼の言葉は、出会った当初から、真っ直ぐだったように思える。そんなに変ったかな、何も変わってないように見える。立橋の顔を、ジ、と見つめてみる。<br />
　そもそもがまだ一年の付き合いだ。それより前と比べることなどできないし、出会った頃は上がり過ぎていて、恥を晒した記憶で普段の彼の姿が上書きされている。しっかり目に焼き付いているのは、実は一目ぼれした大会での姿だけのような気もした。一転、どんなことがあったかと訊かれたら、それこそどんどんと話題が出てくるから、見ていない、というのとも違う気がする。むしろ、見過ぎている気がする。<br />
「久瀬、見過ぎ」<br />
「え！？」<br />
　ドキリ、と胸が高鳴った。恋愛的な意味ではない。心中を言い当てられた時の、驚きだ。それから少しの疾しさ。<br />
　けれどすぐに、それは自分の回想に突っ込まれたわけではなく、あくまで今現在のことを指しているのだと、気付いた。確かに、ぼうっと考え事をしている間、ずっと彼の顔を見ていた。気になるのも当然だ。<br />
「ご、ごめん！」<br />
　慌てて謝る。ん、と彼がぶっきらぼうに返した。<br />
「&hellip;さすがに、照れる」<br />
「そうだよね。うん」<br />
　穂香は即座に頷いた。自分でも、照れると思う。というより、狼狽（うろた）える。ふ、と頭に立橋に見つめられる自分を思い描いて、ボンッと噴火した。前言撤回。狼狽えるどころの騒ぎではない。<br />
「でも、感謝してるのは、ほんと」<br />
「そ、そっか。だけど、特に何かした覚え、ないんだけどなあ」<br />
「そうなの？」<br />
　訊き返す言葉には、笑いが含まれている。<br />
「俺がそうなれたのは、久瀬がいつも素直に感情を見せてくれてたからだと思ってるけど」<br />
「え&hellip;」<br />
　思わず、固まった。素直に、感情を。―――つまり、えーと？<br />
「だから、&hellip;見てて、欲しい。久瀬のために、なんて言わないけど。ただ俺は俺のために、絶対に勝つから」<br />
　なんとも立橋らしい言葉だ。真っ白になってフリーズした頭が、そんな感想をはじき出す。今のところ、それほど重要ではない仕事だ。もっと他にあるでしょう、と自分の頭を叱咤するが、やはり動かない。<br />
　そうこうしているうちに、次の爆弾が投下された。<br />
「本当は今日、走り込みに来たんじゃなくて、久瀬にこれ言いたくて、ここに来たんだ」<br />
　言い終えてから彼は、カチンコチンに固まった穂香を見降ろし、ふ、と笑う。<br />
「それじゃあ、もう行くよ。また学校で。&hellip;マロンも、またな」<br />
　言うなり、くるりと踵を返し、飛ぶように軽い足取りで、走って行ってしまった。<br />
　残された穂香は、考える。<br />
　つまり、つまり。つまりは。<br />
　―――この部活のメンバー、ほとんどが鈍いからさ。なんか引っ掛かったとしても、それを恋愛方向に繋げる力、ないから。<br />
　まだ部活に入ったばかりの頃に、星井から放たれた言葉をふと思い出す。<br />
　―――立橋はその&ldquo;ほとんど&rdquo;以外だから、もしかしたら気付いてるかもだけど。<br />
　つまりは、ばれてる？<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;ええええ！？」<br />
　朝日が優しく照らす早朝。閑静な住宅街の中ほどに位置する公園に、少女の悲鳴が響いた。<br />
　それに対し、既に小さくなる彼の背中は、光に照らされ、どこまでも穏やかに景色に溶け込んでいた。<br />
<br />
<br />
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<p style="text-align: right; line-height: 200%;"><span style="color: #fff0f5;"><span style="font-size: x-large;">あまりにも穏やかな終幕</span></span><br id="NINJASELECTIONID" style="clear: both;" /> <span style="color: #ffffff;">ひとつが幕降り、静かに静かに、でも確実に、何かが少しずつ変わっていく。</span></p>
<p><br />
<br />
<br />
<span style="color: #ffffff;">&nbsp;</span></p>]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/08.%20%E3%81%82%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%AB%E3%82%82%E7%A9%8F%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E7%B5%82%E5%B9%95</link>
    <pubDate>Sun, 03 Jun 2012 12:20:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>07. 私を見てないきみがすき</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<p style="line-height: 200%">
	　ワアアアアア、と歓声。いつかと同じ。けれど決定的に違うのは、穂香が偶然この場にいるわけではないこと、だろうか。<br />
	　一年前の歓声は、今よりずっと近い場所から聞いていたはずなのに、その時よりもずっと大きく聴こえる。それは、声が向けられるその場に、選手としてではないにせよ、こうして立っているからか。<br />
	　マネージャーになってから、何度か大会にも引っ付いていった。だからこれらの熱意に触れるのは、決して初めてではない。だが、この大会――秋口にある新人大会は、穂香にとっても思い出深いものである。他の誰かと共有することは、未だ叶っていないが。<br />
	　それもいいかな、と最近では思っている。<br />
	　視線を動かすと、一心に前を見る立橋の姿。<br />
	　トクリとときめく心は、一時期よりもずっと落ち着いたものになっている。さすがに一年も経てば、赤くならずにしゃべることだってできるようになった。「うん、バレにくくなった。後輩には絶対にバレてない」と星井からのお墨付きも貰った。なんとなく、言葉のニュアンス的に、「あれ、じゃあ後輩以外は&hellip;？」と訊き返したくなったのだけれど、わざわざ自分の傷を深くするものではない。ぐっと堪（こら）えた。<br />
	　―――その彼女は、もうこの場にはいない。<br />
	　三年生、大学受験を控える身となった彼女は、少し前に引退した。これは、先輩がいない初めての大会でもある。そういう意味でも、少しばかり、緊張は募る。<br />
	（あ、でも時間作って見に来るって言ってたから、そのあたりにはいるのかも）<br />
	　ふと星井の言葉を思い出し、きょろきょろと観客席を見渡す。&hellip;だめだ、人が多すぎてわからない。美津と真樹も気が向いたら観に来る、とのことだったが、実際来たかどうかは、これでは後で確認しなければわからないだろう。<br />
	　ふ、と息を吐く。いけない、余所（よそ）に意識を取られるな。見るべきは何かを、しっかり頭に叩き込まねば。選手に気取られたら、彼らの邪魔をしてしまう。<br />
	　そこまで考え、また横から別の想いが入る。<br />
	　自分も大概、染まってきたなあ、と。<br />
	　運動がからきしだめな自分が入って、果たして最初はどうなることかと思ったが、運動ができないことと、運動に対して真剣になれるかどうかは、別物らしい。<br />
	　だからこそわかる。わかってきたと思う。日々、少しずつ。―――立橋が、いかに柔道に掛けているのか。そこに、別のものを入れる余裕はないのか。<br />
	　その度に沈む気持ちは、未だに健在だけれど。応援したいな、と思う。一心に夢を見据える姿に、自分は惹かれたのだから。だから、これでいいのかもしれない、とも思う。たとえ、自分が隣にいなくとも。彼が羽ばたくのなら、それはそれで。心の底から喜べないとしても、&hellip;それも仕方がないことかもしれない。<br />
	　そんな風に、納得させる術（すべ）を身に付けた自分は、恋愛力が上がったのか、それとも下がったのか。<br />
	（ビミョーなところだなあ&hellip;）<br />
	　思わずクスッと笑ってしまう。美津に言わせると、「まあ、ひたすら夢見るお年頃から抜け出したってことじゃないの？」ということらしい。夢を見ている人を想っているのに、なんて皮肉。&hellip;そんなことを言って笑う余裕は、生まれた。<br />
	「久瀬センパイ、こっちこっち！」<br />
	　自分を読む声に、ハッと我に返る。それにしても、先輩か。その響きは、もう半年以上経っているのに、未だにむず痒い。「はーい、今行きまーす」と元気よく返事をして、穂香はそちらに駆け寄った。<br />
	「もー、センパイぼうっとしてるから、迷子になったかと思ったよ」<br />
	　そう言ってぷっくり頬を膨らませるのは、穂香の&hellip;というよりは、立橋の後輩と呼ぶべき存在だ。初の大会だというのに、穂香よりもよっぽどか余裕を見せている。細見の身体つきではあるが、立橋曰く、「あいつは伸びるよ」とのことらしい。去年の立橋自身がそうであったように、彼は今年の&ldquo;期待の新人&rdquo;だ。<br />
	　それならば。<br />
	　もしも、彼の姿に、誰かが心惹かれたとしたら。<br />
	　それは、本当の意味で、穂香の&ldquo;後輩&rdquo;ということになるのだろうか。そんなことを考えて、また笑った。<br />
	「え、なにセンパイ。おれなんか可笑しいこと言った！？」<br />
	「あ、違う違う。ごめんね、ただちょっと去年のこと思い出しただけ」<br />
	　慌ててブンブンと手を振り否定する。後輩は少し不満顔だ。<br />
	「ワタシが目の前にいるのに、他のことを考えるなんて&hellip;&hellip;&hellip;浮気者！」<br />
	　言っていることは、相当とぼけているけれど。穂香は思わず笑い出した。初の大会でこれだけふざけられる度胸。確かにこの先、柔道部を引っ張っていける器ではあるのだろう。<br />
	（でも&hellip;&hellip;&hellip;）<br />
	　立橋の言葉を思い出す。あいつは伸びる、そう告げた後に、でも、と続いたその言葉。「それでも俺には敵わないけど。ていうか、負けてやる気、ない」―――そう言って、不敵に笑った。<br />
	　ここ一年見てきて、知ったことも多い。<br />
	　いつも爽やかというイメージを周囲から持たれているが、そのわりに、柔道関連では自信家で、その根っこには彼自身の努力があること（その実、そこまで余裕があるわけではない、と本人は苦笑していた）。<br />
	　体育の成績はいいのだけれど、勉強に関してはオールラウンダーとは言い難く、特に古文が苦手で、テスト前にはいつも苦労していること（結局二年生でもクラスは違ってしまったのだが、テストの面倒を見るようになって、わかった。逆に苦手な数学では、穂香が面倒を見てもらっている）。<br />
	　映画が好きで、休日に時間があれば、アクションものからドキュメント、ホラーに至るまで、なんにでも手を出して観ていること（たまにお勧めをしてもらう。ホラー以外なら、楽しく観る）。<br />
	　―――一年は長いな、と感じるのは、こういう時だ。<br />
	　ただ、いつだったか、星井先輩がいっていたように、&ldquo;いいお友達&rdquo;の座にまんまと座ってしまったような状態ではあるが。<br />
	　それでも、きっと、何も知らないまま過ごしているよりは、ずっといい。何も知らず、ただ憧れていた時よりも、ずっと好きになれたから。<br />
	「いいよもう、ワタシだって、浮気してや、」<br />
	「何してんの」<br />
	　気付いたら、近くに立橋が立っていた。<br />
	「あ、立橋くん。調子どう？」<br />
	「ん、ありがと。いい感じ。&hellip;&hellip;&hellip;で、なんの話？　なんか、浮気がどうのこうの、と」<br />
	　あんまりいいフレーズじゃないよな、と笑う立橋に、確かに、と同意。傍（はた）から聞いていると、愉快な話題には思えないだろう。<br />
	「えっとね、加賀見くんが一人浮気ごっこしてたの」<br />
	「えー、おれに全部責任転嫁ぁ？」<br />
	「違うの？」<br />
	「む。違わないですけどー、けどさー」<br />
	　ぶーぶーと言う後輩。その姿に立橋は、ある程度のことを察したらしかった。後輩の頭を軽く小突く。<br />
	「お前も、そろそろウォーミングアップしたらどうだ？　エンジン掛かるの、時間要るだろ」<br />
	「はいっ！」<br />
	　威勢のいい返事だ。それまでダラリとしていたのが、まるで嘘のよう。そういえば、前に立橋に憧れているだのと話していたことを思い出す。彼にしてみれば、立橋という人は、逆らい難い魅力があるのだろう。<br />
	　形は違えど、同じ魅力に魅せられた者として、仲間意識を覚える。<br />
	　それでも背筋をピシャンと伸ばして、生真面目な顔を張り付けるなり言い付けを守りにいった後輩の姿に、クスクスと笑ってしまう。可愛いなあ、と。<br />
	「でも加賀見くん、エンジン掛かるの遅かったっけ？」<br />
	　穂香はこてんと首を傾げた。自分が見てきたイメージとは、異なる。彼は直前まで笑っていても、次の瞬間には真剣な試合に入り込める性質（たち）だったように思うが。―――とはいえ、大会という場では初めてだ。自分の観察眼がどれほど的を射ているのか、穂香には自信がない。<br />
	「というより、気合入れ過ぎて転ぶ、が正解。ウォーミングアップして、精神統一しなさい、と」<br />
	「ああ、なるほど、そっか&hellip;」<br />
	　それなら納得だ。今日も随分と、朝からテンションが上がっていたようだったので。<br />
	「でも、立橋くんも、ちょっと肩に力入ってるよ」<br />
	「&hellip;そんなにわかる、俺？」<br />
	　立橋は訝しげに眉を寄せながら、自らの右手を、左肩置き、揉みこむような動作をする。<br />
	「それは、&hellip;&hellip;&hellip;わかるよ。マネージャーだもん」<br />
	　いつも見てるんだもん。<br />
	　&hellip;それは、マネージャーとしてでは、無いけれど。<br />
	　いつもより、肩が強張っているなあ、とか。いつもより、腕を組み直す回数が多いなあ、とか。いつもより、目の光が強いなあ、&hellip;とか。<br />
	　きっと、穂香にとって特別であったように、立橋にとってのこの試合も、特別なものであるのだろう。その当時のことはさっぱり知らないとはいえ、そう思う。そしてそれは、間違っていないだろう、とも。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;一年前さ」<br />
	　どきり、とした。必死に平静を装うが、返事は少し震えた。<br />
	「う、&hellip;うん」<br />
	「この大会に出た。出て、負けた。初めての大会だったから、正直めちゃくちゃ上がっていたよ。でもやっぱ、&hellip;勝つ気でいたからさ、悔しかった」<br />
	　去年の新人大会。立橋は個人三位という成績を修めた。その後、地区大会、更には全国大会に進んだと聞く。穂香からすれば「すごいなあ」と思わず感嘆が零れるほど順調なスタートに思えたが、立橋にとっては違うらしかった。そこで生まれた気持ちこそが、彼の原動力となっていることは穂香にもわかったが、反面、もう少しくらい自分を褒めてあげてもいいのにな、とも思う。<br />
	　とはいえそれは、より厳しい現実にあえて身を置こうとしている立橋に対して距離を感じたが故に出てきた、自分中心な思いなのかもしれなかったが。<br />
	「今年は、目指せ一位通過？」<br />
	　笑って訊けば、立橋はニッと不敵に笑ってみせた。<br />
	　何度となく魅せられた姿に、またも胸が高鳴る。穂香は苦笑した。どれだけ冷静に話せるようになったって、根本の部分はちっとも変わらない。<br />
	　これは少なくとも自分にとって、悪いことではない気がした。<br />
	　いつまで経っても穂香を視界に収めない瞳が、全力で夢を映すなら、それでもいいと、思った。<br />
	　そんなことを真剣に思ってしまうくらい。<br />
	　馬鹿げたことだと笑われたって、自分だってそう思うと笑ったって、結局どうしようもないくらい。<br />
	　ただその瞳を身近で見られることが、嬉しくて仕方なかった。<br />
	<br />
	<br />
	　<a href="http://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/Category/1/8/"><strong>&rarr;NEXT</strong></a></p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">私を見てないきみがすき</font></font><br id="NINJASELECTIONID" style="clear: both" />
	<font style="color: #ffffff">夢を追って走り抜けるきみのことを、ずっと見ていたくなる。同じくらい切なかったとしても。</font></p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/07.%20%E7%A7%81%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%BF%E3%81%8C%E3%81%99%E3%81%8D</link>
    <pubDate>Sun, 20 May 2012 07:15:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>06. 夢見る瞳に恋をした</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<p style="line-height: 200%">
	　かといって、人生はそう甘くはない。<br />
	　距離感は多少縮まって、呼び方は「久瀬さん」から「久瀬」になって（その割に穂香の側の呼び方は、「立橋くん」からなかなか変わらないのだけれど）、話も前よりたくさんするようになって（友達と呼んでも差し支えないくらいになった）、―――だけどそれ以上の発展はない。<br />
	　そんなものだよね、と美津に笑って言ったら、心底呆れた顔をされた。<br />
	「いっそ告白しちゃえば」<br />
	　投げやりに言われたけれど、美津なりに考えた上での助言なのだろうと思う。<br />
	　思うけれど。<br />
	「行動に移すのは、難しい、です&hellip;」<br />
	　がっくり、と項垂れる。<br />
	「こーおら、サボらない！　沈まない！　黒い影を背負わない！」<br />
	「星井先輩&hellip;！」<br />
	「なに、どうした、フラれたか？」<br />
	「先輩いいいい」<br />
	　それは、あんまりです。<br />
	　致命傷を受け、穂香は崩れ落ちた。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	「ふうむ&hellip;まあ、わからんではない」<br />
	　話を聴いた星井は、やけに真面目な顔をして言い放った。<br />
	「そ、そうですか。やっぱりこのままじゃ&hellip;だめ、ですかね」<br />
	「あたしはこう推測する。このままいくと、久瀬ちゃんは&ldquo;いいお友達&rdquo;の位置に定着して離れられなくなってしまう、と！」<br />
	「そ、それは&hellip;」<br />
	　きつい、気がする。<br />
	　傍にいられるだけで嬉しいと、最初はそれだけで満足だった。付き合う姿なんて、想像もできなかった。<br />
	　だけど今は。<br />
	　知ってしまった今は。<br />
	　だんだん欲が出てくる。もっと近付きたいという想い。<br />
	　想像は、今だってできないけれど。<br />
	　もし彼が別の誰かと楽しげに笑って、手を繋いでいたりなんかしたら、自分は確実に泣くだろうと思う。マネージャーも、辛くて辛くて、辞めてしまうかもしれない。実際は辞める度胸だってないだろうけど。<br />
	「だからさ、ここでこう&hellip;ガツーン、と！　気持ちだけでも伝えて、意識してもらう、とかの刺激は必要かもねー？」<br />
	　刺激。<br />
	（私は、毎日が刺激になってるんだけどな&hellip;やっぱり、立橋くんにとったら違うよね）<br />
	　でもなあ、でもなあ。<br />
	　告白なんて、したことない。するにしても、何をどう伝えていいやら。好きだって叫べばいいのかな。どんなところに惹かれていったのかって、伝えればいいのかな。<br />
	　―――悩みに悩んで、早数日。<br />
	「うううううう」<br />
	「うえ！？　どったん、ほのっち。変な声出てんよ？」<br />
	「マーキーちゃあん。もう私わかんないよー」<br />
	「え、何が」<br />
	　真樹は、自分の方がよっぽどかわけがわからない、という面持ちだ。当然である。穂香は勢いのままに、真樹に事情を話そうとした。しかし、その直前で思い留まる。いけない、彼に話すと、どこがどう脚色されて、本人の耳に届くかわからない。<br />
	　うう、と穂香は再度呻いた。<br />
	「え、なになに。ほんとになに！？」<br />
	　一人大袈裟に騒ぐ真樹をジッと見つめていると、不意に美津の姿が脳裏に過った。<br />
	　そうだ。何も事情を話さなくても、助言は得られる。穂香は一人、奮い立った。<br />
	「マキちゃん&hellip;&hellip;&hellip;お願いがあるんだけど」<br />
	「え、&hellip;あ、昼飯奢（おご）ってとか？　ごめん、それだけは無理！　オレ今すっげえ金欠！」<br />
	「言ってないし、違うよ！？」<br />
	　あれ、そうなん？<br />
	　真樹は本当に不思議そうな顔をした。自分の予想が外れているとは、露ほども疑っていなかったらしい。それはそれで、ある意味素晴らしい。<br />
	「ね、ね、マキちゃんって、みっちゃんのどこが好きなの？　どういう風に好きなの？」<br />
	　真樹は更に不思議そうな顔して、首を捻った。「どうしてそんなこと訊くの？」と言わんばかりの顔つきだ。<br />
	　けれど、元来そういったところを気にしない性質（たち）である為か、なんだっていいか、と思い直したらしく、スルスルと美津への愛を語り始めた。<br />
	「そうだなあ&hellip;、好きになったきっかけは&hellip;&hellip;&hellip;ね、ほのっち、オレってめっちゃくちゃ馬鹿だろ？」<br />
	「え、うん。そうだね」<br />
	「即答！　少しは悩んで欲しかった！」<br />
	　自分で訊いたくせに。<br />
	「あーあー、もういいですよ！　そうですよ、オレは馬鹿ですよ！　根っからの大馬鹿モノですとも！」<br />
	　いじけ始めた真樹は、ふ、と柔らかく笑んだ。<br />
	「だからさ、オレ、毎度毎度&ldquo;もういいよ&rdquo;って言われてたんよ。わかんなくっても、もういいよ、って。でもミツはオレ相手でも、わかるまでとことん付き合ってくれたんだ。それがすっげえ嬉しかった」<br />
	　聴いている穂香まで赤面してしまうほどの、甘い笑顔。<br />
	　友人のこんな顔、これまで見たこともなくて。だから、なんだかすごく恥ずかしかった。<br />
	「気付いたら目で追ってた。しっかりしようとして抜けてるとこ見て可愛いなって思ったし、たまに窓の外見てる時の顔とか見たら何考えてんのか知りたくなった。そしたら思わず告ってて、付き合えることになった」<br />
	　未だに信じられないけどな、と笑う真樹を、かっこいいな、と思った。<br />
	　好きな気持ちを口にする人は、こんなに綺麗に笑うものかと思った。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;って、オレめちゃくちゃハズいんだけど！　うわあ、うわあ、今ぜってー顔赤いし」<br />
	「あはは、かっこいいよー、マキちゃん」<br />
	「なんだよほのっち、からかうなよーばかあー」<br />
	　赤くなった顔を隠すように片手で口元を覆った彼は、視線をうろうろと彷徨（さまよ）わせた。その瞳が、ある一点で止まる。眼差しが、最高に柔らかくなった。<br />
	「ミツー！」<br />
	　叫びながら、まるで尻尾をぶんぶんと振りながら彼女に駆け寄っていく。その姿はやっぱりわんこ。紛（まが）うことなき、わんこ。美津がじゃれつく真樹を、ハイハイと適当にあしらっている。でもよく見ると、美津の瞳も同じくらい優しい。<br />
	　いいなあ、と思った。羨ましい、と感じた。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;がんばって、みようかな」<br />
	　結果なんて、想像がつかない。いや、彼が同じように自分を好いていてくれるとは思えないから、きっとダメだ。巷でよく聞く、お試しで、なんてものは彼の性格上、しないような気がする。だから、きっと、ダメ。<br />
	　それでも。<br />
	　伝えたくなった。<br />
	「よし！」<br />
	　気合いを入れる。それから、仲の良い友人カップルに、駆け寄った。<br />
	「マキちゃんありがとね！　なんか、勇気出てきた！」<br />
	「ん&hellip;？　おー、そっか！　よくわかんないけど、よかったな！」<br />
	　美津とパッチリ目が合う。がんばりなさい、と声を発さずに、口だけが動く。だから同じように、声に出さずに応えた。<br />
	　ありがとう。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	　でもやっぱり怖い。<br />
	　あの勢いのまま、突っ走ってしまえたらよかったのに、時間が空（あ）くとしゅるしゅると萎（しぼ）んでいく勇気。いやいや、へたっている場合か。気合いだ、気合い。<br />
	「今度は百面相？」<br />
	「あ、た、立橋くん！」<br />
	　百面相。百面相って、くるくるくるくる表情が変わっていることを言うのだったか。そんなに変わっていただろうか。&hellip;いただろうな。そうだろうな。<br />
	「まだやってる」<br />
	「うう&hellip;これはもう、致し方ないことなんだよ、立橋くん&hellip;」<br />
	　事情は説明できないのだけれども。<br />
	　いや、ある意味これから、説明しなくちゃいけないのだけども。<br />
	　周りを見ると、気付けば人は少なくなっている。ほとんどの部員は、既に帰ってしまったらしい。星井の姿ももうない。<br />
	「それじゃ、帰ろっか」<br />
	「うん」<br />
	　それじゃまたー、と立橋は奥の方にいる部員に声を掛ける。また明日、と穂香も同じく挨拶をした。<br />
	　それで、簡単に二人きり。<br />
	　これで、シチュエーションの所為にできない。<br />
	　胃が痛い。緊張する。どうしよう、なんて切り出せばいいのか。<br />
	「た、た、立橋くんって！」<br />
	「え、なに？」<br />
	　やけに力んだ声に、立橋はビクッと肩を震わせた。<br />
	　いけない、落ち着け。深呼吸を、ひとつ、ふたつ。ここで好きな人がいるかを訊けば、そんな感じの空気には持っている、はず。<br />
	　けれど口から飛び出したのは、<br />
	「柔道、いつからやってるの？」<br />
	　関係ないことはないけれど、今訊かなくてもいいことだった。ばかー、いくじなしー、と自分自身に文句を言う。<br />
	　一人がっくり項垂れる穂香には気付かず、立橋は少し首を傾げてから、答えた。<br />
	「始めたのは、小五からだな。部活じゃなくて、道場。始めた時はそうでもなかったんだけど、やってく内に楽しくなっていってさ」<br />
	　その顔は、まるで子供のようで。純粋に、柔道が好きなのだなと思う。<br />
	　だけど。<br />
	「これは、とことん突き詰めるしかないな、って、思ったんだ。負けたくない、誰にも。絶対に勝ちたい」<br />
	　その瞳は、紛れもなく、穂香が惹かれたあの光を湛（たた）えている。<br />
	　強い強い、眼光。<br />
	　誰が相手でも引いて堪るかという、眼差し。<br />
	「全国大会に行って、優勝して、オリンピックにも出たい。そこでも一番になりたい」<br />
	　だから。<br />
	「なーんて、笑っちゃうよな。また全国大会にも進めてないのに」<br />
	「―――ううん」<br />
	　この瞳は、穂香を映さない。<br />
	「行けるよ、立橋くんなら。私はそう思うよ」<br />
	　だから―――気付いてしまった。<br />
	　泣きたいくらい好きだという気持ちが溢れて、今にも飛び出しそうで。<br />
	　伝えれば、真剣に答えてくれるだろう。<br />
	　でも、この瞳が本当に映すのは、決して穂香ではない。<br />
	「ありがと。なんか、そう言ってもらえると、すごく嬉しい」<br />
	　子供のように無邪気に笑いながら、鋭い光を放つ彼に、だから、伝えることなんてできなかった。<br />
	　いつものように、別れる。<br />
	「また明日なー」<br />
	「うん、また明日ね」<br />
	　片手を振りながら、いつもどおり、別れるしかなかった。<br />
	　その背中に向かって、大声で好きだと叫んだとしても、彼には届かないのだろう。<br />
	　それでも。<br />
	　あの瞳に、魅せられてしまったのだ。<br />
	　それ故に気持ちが伝えられなかったとしても。<br />
	　その光がなくなってしまえなどとは、どうしたって、思えない。<br />
	<br />
	　数メートル離れた場所にいる彼に、好きだよ、と震えた声で、ぽつりと呟く。<br />
	　夢を追うきみが、とても好きだよ。<br />
	<br />
	<br />
	　<a href="http://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/Category/1/7/"><strong>&rarr;NEXT</strong></a><br />
	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">夢見る瞳に恋をした</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">不毛と知りつつも、真っ直ぐで、強い光を放つ瞳に惹かれてしまったから。</font><br />
	&nbsp;</p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/06.%20%E5%A4%A2%E8%A6%8B%E3%82%8B%E7%9E%B3%E3%81%AB%E6%81%8B%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%9F</link>
    <pubDate>Mon, 30 Apr 2012 06:45:00 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">iwa6happy10love.blog.shinobi.jp://entry/8</guid>
  </item>
    <item>
    <title>05. スペシャルな予感</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<p style="line-height: 200%">
	「はわわわわっ」<br />
	　わたわたと慌てながら、タオルを抱え込みながら走る。走る。<br />
	　マネージャー業は、本当にきつい。予想よりもずっときつい。<br />
	「久瀬ちゃん、大丈夫―？」<br />
	「はいいいいっ！　な、なんとか！」<br />
	　ビシンと背筋を伸ばして答えた、明らかに挙動不審な穂香に、一つ上の先輩マネージャー――星井（ほしい）恵深（えみ）は、ニカリと笑って「素直でよろしい」と言った。<br />
	「じゃ、落ち着いたから、いったん休憩」<br />
	　ほら、座んな。<br />
	　勧められるまま、星井の隣に腰を下ろした。冬の床は、直に座るとますます冷たい。穂香はブルリと身体を震わせた。それからそっと、畳がある方を見る。あちらに座れたらまた違うのだろう。<br />
	「久瀬ちゃんは、なんでこの時期に入部？」<br />
	　ハッと我に返り、星井に向き直る。それから、立橋に告げたことを再度繰り返した。ふうん、と星井は適当に相槌を打ちながら、最後にニヤリと笑った。<br />
	「ズバリ当てようじゃないか」<br />
	「へ？」<br />
	「久瀬ちゃん、好きな人いるでしょ、柔道部に。ズバリ、立橋」<br />
	　サラリと言われた一言に、一瞬、頭の中が真っ白になった。きっかり三秒は置いた後に、ようやく活動を開始した思考回路が、その直後に混乱。<br />
	「え、ええええええ？！」<br />
	　耳の先まで真っ赤に染め上げて、穂香は大声で叫んだ。<br />
	「な、なん、ななな、なんでな&hellip;！？」<br />
	「ハイ、落ち着きましょー。みんな見てんよー？」<br />
	　パニックに陥っている穂香の視線を誘導するように、細い人差し指をつい、と畳の方へ動かす。大声に驚いた部員たちのまん丸い眼と、かち合った。その中には、何を隠そう、いや隠すまでもなく、穂香の想い人の姿もある。<br />
	　穂香の顔は、ますます赤くなった。しかしこれ以上この顔を晒（さら）しておくことも恥ずかしい。バッと俯く。星井が「なんでもないよー。ほら、さっさと練習に戻る！」などと叫んでいる隙に、すー、はー、すー、はー、と何度も深呼吸を繰り返す。落ち着け。とにかく、落ち着け。<br />
	　再び練習一心の状態に戻ったことを見届けた星井が、さて、と穂香に顔を向けた。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;あの、星井先輩」<br />
	「んう？」<br />
	「ご、誤解ですよ。私全然そんなことないですよ」<br />
	「今さらか！」<br />
	　ぶはっと星井は堪えかねたように笑い出した。ツボにはまったらしい。穂香自身は、自分の発言のどこがその引き金になったのか、全くわからなかった。<br />
	　え、え。と焦る穂香の姿に、ますます星井が笑みを深くする。本当によく笑う人だ。だからこそ、穂香も出会って数日で気兼ねなく話すことができているのだが。<br />
	「あれだけ極端に反応しといて、違います、て言われて信じるヤツはほとんどいないと思うなあ」<br />
	「そ、そうなんですか&hellip;。じゃああの、私、バレバレですか？」<br />
	　星井はひとつ、うーん、と考え込んでから、真顔で答えた。<br />
	「うん」<br />
	　そ、そんなあ。<br />
	　穂香はがっくり項垂れた。星井はその姿を見て、慌ててフォローに入る。少しばかり下手なフォローに。<br />
	「あ、でも安心して。みんなほんのりと気付いてるだけだから。この部活のメンバー、ほとんどが鈍いからさ。なんか引っ掛かったとしても、それを恋愛方向に繋げる力、ないから」<br />
	　それはなんだか、嬉しいような、そうでもないような。<br />
	　微妙な顔をする穂香に、しかしそれを思い切り一方に傾ける、星井の発言。<br />
	「まあ立橋はその&ldquo;ほとんど&rdquo;以外だから、もしかしたら気付いてるかもだけど」<br />
	「え」<br />
	　ピキン、と固まる。え、え、え。ほんとですか。穂香は再び真っ白になった頭で、練習中の立橋を見る。当然の如く、彼はこちらを見ていない。真っ直ぐな瞳が射るのは、目の前の練習相手だ。その瞳に、場違いにも胸が高鳴るが、いやいや今はそんな場合じゃないだろうと頭を振ってリセット。<br />
	　大丈夫、大丈夫。まだバレたわけじゃないのだから。<br />
	「&hellip;でも、パッと見わかってる風じゃないんだよね」<br />
	　急浮上した穂香を嘲笑うように――実際は笑ってなどいないのだが、それが逆に怖い――、星井は続けた。<br />
	「知ってて知らないフリしてんなら、可能性低いかも」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	　そこでようやく星井は、穂香の顔を見た。半泣きな彼女を見て、あ、と顔が引き攣る。<br />
	「や、ごめ&hellip;&hellip;&hellip;いや、いやいやいや、可能性低いって、あくまであたしの勝手な見解なわけだし、それにほら、低いってゼロじゃないって意味だし。じゃなくて、あああ、や、お、応援してるよあたしは！」<br />
	　本日の収穫。<br />
	　一つ上の先輩は、いい人だけれど、フォローが下手。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	　身体がギシギシ、悲鳴を上げている。<br />
	　これしきのことで、と自分でも思う。これは運動音痴云々（うんぬん）よりもまず先に、これまで運動をしてこなかった自分の惰性を責めるべきだろうが。<br />
	（でもずっと続けていれば、いつか慣れるはず&hellip;慣れたらもっと余裕が出て、立橋くんを眺めることもできるはず&hellip;&hellip;&hellip;）<br />
	　そう考えると、少しだけ前向きな気持ちになる。<br />
	「よし、がんばるぞ！」<br />
	　ぐ、と一人両手に握り拳を作って、気合いを入れる。勢いに任せて「えいえいおー！」と片手を空に突き上げた。後ろから、ぷっ、と吹き出す声がした。<br />
	　見られた。そう思うより早く、「おもしろいことしてるね」と声が掛かる。<br />
	　この声。<br />
	　肩越しにガバリと振り返ると、肩を震わせる想い人の姿があった。<br />
	「うあ、うああああた立橋くん！？　み、見てた？　今の見てた！？」<br />
	「見てた、かな」<br />
	　見られた。見られてる。一番見られたくない人に！　しかも二回目。一回目は結果的にそれでよかったわけだけれど、今回のソレはそういう問題ではないと思う。単なる醜態だと思う。<br />
	「どこから？　どこまで！？」<br />
	「えっと、がんばるぞー、て言ってから、おー、てやるまで？」<br />
	　全部じゃないか。<br />
	　あがあがと慌てる穂香は、次にこの上ない解決手段を思いついた。<br />
	「忘れて！」<br />
	「は？」<br />
	「い、今見たの、全部きれいさっぱり忘れてください！」<br />
	「なんで？　おもしろいのに」<br />
	　貴方がおもしろかろうが、私は恥ずかしいのですよ！<br />
	　叫ぼうとして、気付く。いや待て、そうやって少しでも記憶に留めておいてもらえるなら、それはそれでいいのではなかろうか。いやいや、一人でおかしな行動をしていることを記憶に留めてもらってどうする、変な子に昇格するだけじゃないか。<br />
	　うーんうーん、と真剣に悩み始めたその姿こそ、本日一番の&ldquo;おかしな行動&rdquo;だとは気付かない当の本人の姿に、既に笑いのツボに入っている立橋は、更にクツクツと笑う。<br />
	「あああでもやっぱりいやー！　とりあえず本当に何はともあれ忘れて&hellip;！」<br />
	「はは、なにそれ。ほんと、久瀬さんおもしれー」<br />
	「え、――――」<br />
	　息が詰まる。そんな感覚、本当にあるんだ。<br />
	　他人事のように考えて。でも目は彼に釘付け。<br />
	　心底可笑しそうに笑う姿は、今まで見たどの姿よりも子供っぽくて、柔らかい。対峙する時の凛々しさとは違うときめきを覚える。<br />
	　それに。<br />
	　それに、彼に。<br />
	（名前&hellip;呼ばれたの、初めてだあ）<br />
	　苗字だけれども。さん付けだけれども。なんだかそれは少し、距離感があって寂しいけれども。<br />
	　でも、それを上回るくらい、嬉しい。<br />
	「え、えへへ、そ、そっか、おもしろいか。そっかそっか」<br />
	　そっか、そっか。<br />
	　意味もなく何度も何度も繰り返す。口元がむにゅむにゅと、嬉しさと気恥ずかしさで勝手に動く。<br />
	「ところで久瀬さん、今帰り？」<br />
	「え？　うん、そうだけど」<br />
	　それがどうかしたのだろうか。急に変わった話題に、こてりと首を傾げる。<br />
	「そう。それならさ」<br />
	　立橋は、ニコリと笑う。その笑みが、先程よりも穏やかなものだったのが、少し残念だ、と話の内容とは全く関係の無いことを考えていると、彼の口から爆弾発言――少なくとも、穂香には強い衝撃を与える一言だった――が飛び出した。<br />
	「途中まで、一緒に帰ろうよ」<br />
	　一緒に、帰る。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;、え？」<br />
	　聴き間違えでは、ないはずだ。自分の希望が勝手に作り出した幻想などでは、ないはずだ。<br />
	「あ、もしかして用事あっ、」<br />
	「ない！　ないない、全然ありません！」<br />
	　思わず叫んだ。ぽかんとしている目の前の彼の表情に、慌てて繕う。―――ああなるほど、これは確かにすぐにバレそうだ、と星井の発言を思い出しながら、自分で納得する。<br />
	　だけど仕方ないじゃない。<br />
	　そんな余裕なんて吹き飛んでしまうほど、拙い想いが募ってしまうから。<br />
	「うん、よし、帰ろう」<br />
	　人から見れば、もしかすると馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、本人は至って本気。<br />
	　勝手に頬が緩んで。顔だってもしかしたら少し赤くなっているかもしれなくて。傍目から見たらバレバレで。<br />
	「帰ろう、立橋くん」<br />
	　それでも、いいんじゃない？<br />
	<br />
	　―――少しだけ、きみに近付けた気がした、私にとっての特別な日。<br />
	<br />
	<br />
	　<a href="http://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/Category/1/6/"><strong>&rarr;NEXT</strong></a><br />
	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">スペシャルな予感</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">きみといる時だけ、自分が恋愛小説の主人公になれるんじゃないかって、気がしてくるの。</font></p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/05.%20%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%81%AA%E4%BA%88%E6%84%9F</link>
    <pubDate>Sun, 22 Apr 2012 12:50:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>04. たやすく自由を詠うきみ</title>
    <description>
    <![CDATA[<p style="line-height: 200%">
	<br />
	　公園で偶然知り合った後、少なくとも話す機会は、増えたと思う。<br />
	　学校ではすれ違うことすらあまりないけれど、それでもたまにそういうことがあれば、会釈程度はするようになった。だからといって、特別仲がいいというわけでは決してないけれど、友達レベルには近付けたと思う。<br />
	「―――アンタは、オトモダチになりたいんじゃないでしょーが」<br />
	「そ、そうでした！」<br />
	　じっとりとした目で自分を見る美津に、ピシリと背筋を伸ばして答える。<br />
	　ちなみにこの場に、美津の彼氏である真樹はいない。彼はおしゃべりが過ぎるから、バレたら最後、張本人に直接言いかねない。悪気がないことはわかっているけれど、それはとても困る。そういうわけで、こういった会話は全て、彼のいないところですることになっている。これは穂香に限ったことではない。<br />
	「そりゃあね、友達になっておいて徐々にってパターンもないことはないわ。でもアンタの場合は、&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	「え、え、えええ。み、みっちゃん、なんでそこで止めるの&hellip;！？」<br />
	「いや、まあ&hellip;&hellip;&hellip;ねえ？」<br />
	　ねえ、と言われましても。<br />
	　やけに不安を煽られた気がする。<br />
	　つまりそれって、恋愛に関しては自分より確実に上な美津から見たら、穂香と立橋がそういう関係になれる可能性は限りなく薄いってことなのだろうか。そりゃあまあ、実際にそうなった時の想像がサッパリできないあたり、当たっていないこともないかもしれないけれど、でもでもでも。<br />
	「う～～～～」<br />
	「あー、はいはいはい、煮えないパンクしない」<br />
	　美津はそんな穂香を軽く諌（いさ）めた後、でもねえ、と続けた。<br />
	「さすがに接点が少なすぎるよね」<br />
	「あ、でも散歩&hellip;」<br />
	「アンタそれ、多くて数分でしょ。しかも一週間に一回あればいい方、でしょ」<br />
	「ううう」<br />
	　項垂れた穂香に、美津は更に「学校ではサッパリだしね。会釈（えしゃく）なんて、接点のうちに入んない」と追い打ちをかけた。エシャクってなに、と問うと、ジトリとした目で見られた。だって知らないんだから、しょうがないじゃないか。目で訴えると、仕方がないとばかりに、「かるーく挨拶することよ。一言おはようって言ったり、少し頭下げたり&hellip;そのくらいのこと」と教えてくれた。なるほど。確かにそのくらいしかしていない。<br />
	「ま、朝の散歩の件は頑張ったと思うわ、穂香にしては」<br />
	「だよね、だよね！？　私がんばったよ！」<br />
	　穂香は、喜び一色に染め上げた顔を勢いよく上げた。美津は呆れた顔で、「&ldquo;穂香にしては&rdquo;だから」と最後のフレーズを強調する。<br />
	「問題は学校！　学生なんだから一番長くいるのは学校でしょ。そこで接点を持たずしてなんとする」<br />
	　ここで、来年はクラスが一緒になるかもなんて希望的観測を口にしようものなら、美津から叱責が飛ぶことは必須だ。<br />
	「なんとかして、話す機会を作りなさい」<br />
	「な、なんとかって&hellip;」<br />
	「委員会、&hellip;は時期を逃したわね。手っ取り早いのは部活ね。アンタ茶道部なんだから、兼部する余裕くらいあるでしょ。潜入しなさい」<br />
	「ええ！？」<br />
	　驚きの声を上げると、何よそのくらいしなさいよ、という目で見られる。<br />
	「何も柔道をしろっていってるんじゃないのよ。柔道部なら、たしか、マネージャー募集してたでしょ」<br />
	「でも&hellip;」<br />
	「でもなんて言ってる暇あるんなら行動。いーい？　アンタが惚れ込んだのも柔道やってる姿なんでしょ。だったらいいじゃないの、毎日見れんのよ、その姿」<br />
	「う。それは&hellip;いいかも」<br />
	　すごく、すっごく魅力的だ。<br />
	　頬を朱に染めて俯けば、パンッ、と乾いた音が響いた。美津が手を打った音だ。<br />
	「ハイじゃあ決定」<br />
	「あ、で、&hellip;&hellip;&hellip;み、みっちゃん一緒に」<br />
	「アタシが何部だか知ってて言ってる？」<br />
	　美津はニッコリと、素敵な笑顔で凄んだ。<br />
	　もちろん知っている。バスケットボール部だ。ちなみに彼氏の真樹も同じくバスケットボール部。正確には女子と男子で分かれているから、違う部活なのだけれど。<br />
	　とにかく、そんなバリバリの運動部に所属している彼女が、それにプラスして別の運動部のマネージャー業をこなすなんて、無理が過ぎる。運動部の大変さなんてちっとも知らない穂香でも、さすがにわかる。<br />
	　美津の眼光が鋭い。怖い。<br />
	　もーしわけございませんでした、と素直に頭を下げた。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	　―――とは言ったものの。<br />
	　結局あれから、踏ん切りがつかないでいた。<br />
	　それに目敏く気付いた美津が、「今から職員室に行け。行って話をつけてこい」と恐ろしい顔で言ったので、ようやくのろのろと行動を開始した。<br />
	（だってだって、あからさますぎないかな。柔道部のマネになるって。さすがに&hellip;）<br />
	　モジモジとそんなことを考える。気付くだろうか。バレるだろうか。それで気まずくなったらどうしよう。いや、気まずくなるほどの間柄すらないのだから、単純に距離を置かれるだけかもしれない。それはそれでキツイ。<br />
	「う～～～。だめだあ&hellip;っ！」<br />
	　とうとう穂香は、廊下の端でへたりこんだ。廊下を通る生徒が、みな「何をしているんだ、こいつは」的な視線を穂香に投げていくが、幸か不幸か、穂香にそれを気にするだけの余裕はない。余裕というものが出てきた頃には、今度はおそらく自分の阿呆さ加減に悶絶する破目になるだろうが。<br />
	「みっちゃんはいいよ。スタイルいいし、スラッとしてるし、カッコいいし、それにそれに、勉強だってできるし運動だってできるでしょ。完璧だもん、スゴイんだもん。それでさらに私の親友やってくれるくらい優しいんだもん。みっちゃん大好きだー」<br />
	　だんだん話が逸れている。最後に親友への告白で締めた後、るーるるー、と黄昏ていると、頭上から声が落ちてきた。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;何、してるの」<br />
	　―――ここ数日で、ようやく少しは落ち着いて聴けるようになった、ソレである。<br />
	　穂香はピシリと固まった。固まってから、恐る恐る、視線を上へ上へと動かしていく。<br />
	　予想どおりの、けれどできれば今ばかりは外れて欲しかった人物が、そこにいた。<br />
	「う、うきゃああああっと、と、とた、たたた立橋く&hellip;っ」<br />
	　一番聞かれたくない人に聞かれたー！<br />
	　穂香は一瞬でパニックに陥った。<br />
	「ど、どどど、ど、どうしてここに&hellip;っ！？」<br />
	「どうしてって、&hellip;強いて言うなら、職員室に用があったから、だな」<br />
	　職員室に用があったから。真っ当な意見である。「そ、そうだよね普通そうだよね職員室の近くだもんねここ」としどろもどろに応えている穂香を、正面に立つ立橋は、何やら可笑しそうな顔で見ている。<br />
	「とりあえず、立ったら」<br />
	「う、うん」<br />
	　緊張と羞恥と居た堪れなさでガクガク震える両膝を叱咤（しった）し、どうにかこうにか立ち上がる。<br />
	「何してたの？」<br />
	「え、私？　私は&hellip;&hellip;&hellip;えっとその、私も職員室に用があったの」<br />
	「それがどうして、職員室近くでへたりこむような事態に？」<br />
	　馬鹿正直に答えにくい質問である。相手が相手なだけに。ぐ、と黙り込んだ穂香に、立橋は笑みを引っ込めた。ごめん、と一言告げる。<br />
	「調子乗りすぎたみたい。意地の悪い質問だったな、今の。&hellip;&hellip;&hellip;なんか困ってるなら、相談に乗るよ」<br />
	「う、ありがとう&hellip;」<br />
	　暖かい言葉に、じんわりする。嬉しい。でも馬鹿正直に答えにくい以下略。<br />
	　やっぱり出直そう、と思った穂香の脳裏に、美津の姿がポンと浮かんだ。今ここで引き返しでもしたら、後で美津になんと言われることか。いや、言われる内容の詳細はわからないが、大体の部分でなら想像が付く。サアアア、と顔が蒼褪めた。<br />
	「ほんとに大丈夫か？」<br />
	　心配そうな色を浮かべた立橋の方へ、グッと身を乗り出す。ええい、ままよ！<br />
	「立橋くん、お願いがあるの！」<br />
	「な、なに？」<br />
	　立橋の顔は、穂香の勢いに気圧され、引き攣っている。無理からぬことである。それでも、半歩分だけ身を引きながら、「俺にできることなら」と言ったのは、さすがといったところか。何がどう&ldquo;さすが&rdquo;なのかは、この際深く追及しないこととする。<br />
	「この時期になんて今さらだし、勝手も知らない素人だけど、必死でがんばります。だから、だからどうか&hellip;&hellip;&hellip;―――私を柔道部のマネージャーにしてください！」<br />
	　言い切った。<br />
	　穂香はそこでようやく、自分が必要以上に身を乗り出していることに気付いた。うわわわわ、と今さら悲鳴を上げて、距離を置く。それからソッと立橋の顔を見やった。立橋は目を見開いて、心底驚いているようだった。<br />
	「えっと、&hellip;やっぱりダメかな」<br />
	「や、」<br />
	　即座に我に返った彼は、にこりと笑う。<br />
	「いいよ」<br />
	　サラッと告げられた言葉に、一瞬、何を言われたかわからなくなった。<br />
	　数秒掛けて、ようやくその言葉の意味を理解する。その瞬間、パッと顔に花が咲いたような笑顔が浮かんだ。<br />
	「い、いいの！？　ほんとに？」<br />
	「ほんとに。といっても、俺に入部だの決める権利なんてちっともないから、顧問に改めて言ってもらわなくちゃいけないけど。でもどうしてかって、理由、訊いてもいい？」<br />
	　りゆう、と反復。ええと、どうしよう、と穂香は焦った。やはり、馬鹿正直に以下略。<br />
	　どもりながら、口を開く。<br />
	「そ、その&hellip;私、運動とか全然できなくて、もう本当になんでこんなにできないんだろう、これってむしろ逆の意味で才能があるんじゃないかって思うくらいできなくて、&hellip;できないんだけど、でもあの、&hellip;最近、立橋くんと話してて、柔道、楽しそうだなって、思ったの」<br />
	　話しながら、徐々に落ち着いていった。ああ、自分の中にはこんな想いもあったのだ、と気付く。理由の大半は立橋くん。だけど残りは、至って純粋な興味。<br />
	「私は運動はできないけれど、だからきっとマネージャーっていっても迷惑を掛けることもあるだろうけど、&hellip;それでももし許されるなら、もっと近くで見たいなあ、て」<br />
	　彼は、その全てをゆっくり聞き届けて、それからやっぱり笑った。<br />
	「そういうことなら、なおさら歓迎。大歓迎」<br />
	　でも先程よりも、その笑顔はずっと幼くて。<br />
	「面白いよ、柔道。期待してて。一番近くで楽しんでよ」<br />
	　無防備な言葉。穂香のことなんて、ちっとも意識していないからこそ、素直に飛び出す言葉たち。その言葉はすごく嬉しくて、同時に淋しくなる。一喜一憂しているのは、振り回されているのは、自分だけなんだと、改めて突きつけられて。<br />
	　だけど。<br />
	　―――その瞳の奥に、あの時の光を見つけた。<br />
	　ああ。<br />
	　やっぱり私が見たいものは、これなんだ。<br />
	　穂香はぼんやりとそう思った。<br />
	　それなら、振り回されるのも、悪くはないかもしれない。<br />
	　目の前の彼ほど自由でなくても、いいかもしれない。<br />
	<br />
	　こうして、久瀬穂香は、二日後、正式に柔道部のマネージャーとなった。<br />
	<br />
	<br />
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	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">たやすく自由を詠うきみ</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">振り回されるのは惚れた弱み。振り回されてもいいから傍にいたいと想うのは、惚れた強み。</font></p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/04.%20%E3%81%9F%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%82%92%E8%A9%A0%E3%81%86%E3%81%8D%E3%81%BF</link>
    <pubDate>Sat, 14 Apr 2012 07:00:10 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>03. 朝の空気と昨日の吐息</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<p style="line-height: 200%">
	　ハッ、と息を吐く。苦しい。<br />
	「まっ&hellip;」<br />
	　堪らず、穂香は叫んだ。<br />
	「マロンちゃんストーップ！」<br />
	　自分の名に反応してか、リードの先の柴犬の耳がピクンと動いた。なあに、とばかりに振り返る様に思わず絆（ほだ）されそうになるが、しかし、先程まで自分を引っ張り苦しめていた張本人は、紛れもなくこの子である。<br />
	　はああああ、すうううう、と思いっきり息を吐いて、吸い、吐いて、吸い―――。<br />
	　それから改めて、周りを見渡した。どこだ、ここ。<br />
	「もー、もー。マロンちゃんが勝手に走ってっちゃうから、迷子になっちゃったよー」<br />
	　大通りに出れば確実に場所がわかるだろうが、如何（いかん）せん、住宅街に潜り込んでしまうと、位置の把握が難しい。おまけに朝が早いおかげで閑散とした狭い通りは、朝特有の清々しさと共に、心許（こころもと）なさを感じさせた。<br />
	　こんなことなら、遠出するのではなかった。穂香の中で、少しばかりの後悔が生まれた。<br />
	　久しぶりの散歩だからと、距離を伸ばしたのがいけなかった。カクンと肩を落とす。<br />
	「マロンちゃんもね、興味があるからって急に走り出しちゃダーメ！」<br />
	「わん！」<br />
	「返事だけはいいんだから～」<br />
	　再びカクンと肩を落とす。とりあえず、休憩しよう。<br />
	　走り続けた身体は、日頃の運動不足が祟（たた）り、既にバテ気味だ。それとは対照的に、いたって元気な愛犬を見、なんだか情けない気分になってくる。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;運動、した方がいいのかな」<br />
	　言った後に、行動に移し、その上それを継続させるなんてこと、これまで数えるほどしか成功した試しがないわけだが（いや、数えるほどすら、あったかどうか&hellip;）。それでも言うだけならタダだ。<br />
	　適当に歩いていると、休憩にちょうどいい公園を発見した。それなりに広い。ベンチもありそうだ。<br />
	「こういうの、なんていうんだっけ。&hellip;お、おあつらえむき？　だっけ？」<br />
	　とにかくレッツゴー、だ。<br />
	　踏み入れた公園は、風によってサワリサワリと葉が揺れる、とても穏やかな場所だった。心が洗われるようだ。こんな気持ちいい場所を見つけられたのなら、迷子になったのも、よかったかもしれない。<br />
	　そんなことを考えながら、スウ、と息を吸う。澄んだ空気が身体中を駆け巡っていく感覚が堪らない。<br />
	　思わずニンマリと頬が緩む。<br />
	「わん！」<br />
	　―――それを壊すように、マロンが吠えた。<br />
	　どうしたの、と訊くより早く、グンとリードを強く引かれる。ひゃあ、と情けなく叫びながらも、危うく転びそうになるところを堪（こら）えた。その代わり、リードが穂香の手を離れる。<br />
	「マロンちゃ&hellip;マロン、待って！　止まって！」<br />
	　叫びながら追いかけるが、余程気になるものを見つけたのか、マロンは止まらない。いつもなら一声掛けるだけで止まるのに。泣きそうになりながら追いかける。グングンと走っていくマロンには、とてもじゃないが追いつけない。<br />
	　わん、わん。声が聞こえる方向にとにかく走る。<br />
	　ようやく姿が見えたと思ったら、マロンはどうやら、公園に来ていた人にじゃれついているようだ。トレーニングウェアを着ていることがわかる。走っている人を見掛けて、思わず追いかけたのだろうか。これまでそんなことなかったのに。<br />
	「ま、マロン！　こらあ！」<br />
	　呼ぶと、ようやくマロンは吠えるのを止め、くるんと振り返った。そのまま、なあに、と言わんばかりに小さく首を傾げてみせる。可愛い。可愛いけど、憎い。<br />
	「うちの子がすみません！」<br />
	　ぱたぱたと駆け寄って、慌てて頭を深く下げる。頭を上げ、更に言葉を続けようとし、<br />
	「お怪我とか&hellip;、&hellip;&hellip;&hellip;っ！？」<br />
	　―――詰まった。<br />
	　こんなことってあるだろうか。<br />
	　穂香は一瞬、自分がまだ夢を視ているのではないかと疑った。それくらい、衝撃だった。<br />
	　しっかり背格好や顔を見たことはなかったが、この瞳はわかる。彼だ。<br />
	　自分が一目惚れをした彼が、自分の目の前にいる。<br />
	　不自然に途切れた言葉に、相手は訝しがった様子で首を傾げている。それから、何か合点した様に、ああ、と一言。<br />
	「大丈夫です」<br />
	　それから、口元だけ持ち上げて、笑った。<br />
	「可愛いですね、犬。柴ですか」<br />
	「あ、&hellip;え、あ、は、はい！」<br />
	　うわー。うわー、うわー。夢じゃない。夢じゃない！<br />
	（どうしよう、どうしよう&hellip;！　と、とりあえず後でみっちゃんに連絡&hellip;）<br />
	　そんなことを考えながら、あわあわしていると、「大丈夫ですか？」と逆に訊かれてしまう。しまった。さすがに挙動不審すぎた。<br />
	「だ、大丈夫で&hellip;す」<br />
	　なんとかそれだけ答えて、ヘラリと笑った。顔が引き攣っている自身がある。<br />
	「それならいいんですけど。朝は冷え込みますし、気を付けた方がいいですよ。&hellip;それじゃ」<br />
	　彼は片手を挙げて、別れの挨拶をした。くるりと背を向ける。<br />
	　―――それは、そうだ。自分が彼を知っているのは、それこそ一方的で。それ以外、なんでもなくて。だから、その反応が普通で。<br />
	　だけれど、どうしてか、胸が痛い。<br />
	　先程まで身体を程よく冷ましてくれていた朝の空気が、今度は身体を必要以上に冷やしているようだ。<br />
	「ま、」<br />
	　声を掛けようとして、躊躇う。声を掛けて、どうしようというのか。その間にも、彼の背は離れていく。<br />
	「わん！」<br />
	　そんな彼女の横を、柴犬が駆けてゆく。<br />
	「マロ―――あああ！　リード！」<br />
	　目の前の彼にすっかり仰天して、リードを拾うことを失念していた。<br />
	　穂香がようやく状況を把握した頃には、公園を出て行こうとしていた彼の足元をマロンがちょこまかと動き回り、彼を足止めしていた。<br />
	　不謹慎だけれど、なんだか嬉しくなって。<br />
	（今日のおやつは、マロンの好きなものにしてあげよう）<br />
	　自分勝手に、そんなことを考えた。<br />
	　緩みかけた頬を慌てて引き締め、再度頭を下げる。<br />
	「ごごごごめんなさい！　こら、もう、マロンったら」<br />
	　心の中で思った不謹慎なソレはひた隠しにして、マロンを叱りつける。それから同じ過ちはもう起こさないぞ、とリードを拾い上げて、ぎゅ、と握った。―――考えてみれば、初回はリードを持っていても力負けにしたのだから、この行為にいったいどれほどの意味があるのか、はかりかねるところではあったが。<br />
	　ともあれ。<br />
	　目の前でキョトンとした彼に、次に悪戯っぽく笑った。初めて見る表情は、刺激が強い。<br />
	「なんだか、懐かれちゃったな。悪い気はしないけど」<br />
	　しかも、なんだか少しだけ砕けた言い方で。だから、たぶん、穂香はつい口走ってしまったのだろう。<br />
	「た、た、立橋くんも、犬好きなの？」<br />
	　目の前の彼は、またもパチクリと目を瞬かせた。<br />
	「うん、まあ好き、&hellip;だけど、どうして俺の名前を？」<br />
	「あ！　え、えっと、あの&hellip;ま、前に全校集会で！　表彰、されてたから、だからその」<br />
	　あわあわとどもりながら、心許ない返答ではあったものの、立橋はどうやら理解したらしい。ああ、と納得したように声を上げた。<br />
	「もしかして、おんなじ学校？」<br />
	「う、うん。同学年。五組なの」<br />
	「じゃあ、階が違うんだな。俺一組だから」<br />
	　彼の口調は、完全に敬語が抜けきったソレである。同級生だとわかり、気が抜けたのか。穂香としてもその方が随分話しやすいし、それになんだか敬語の時よりも親しくなれた気がして、嬉しい。<br />
	「家、このへんなの？」<br />
	「ううん。ちょっと離れたとこにあるの。いつもの散歩コースでもないから、&hellip;今日は偶然」<br />
	　偶然通り掛かった場所で会えるなんて、これって本当に運がいい！<br />
	　思わずにんまり。話の流れ的にも、別に笑っていたっておかしくないだろうから、隠す必要だってないだろうと、思い切り笑う。<br />
	「でも、いいとこだね、ここ。また来ようかな。&hellip;た、立橋くんは、ここによく来るの？」<br />
	「うん、よく走り込みで通る。お気に入りのコースのひとつ」<br />
	「そ、そっかあ」<br />
	　お気に入りのコース。つまり、ここを通れば、会える可能性があるということだ。<br />
	　穂香は今すぐ美津に連絡を取って喜びを伝えたい気持ちを、必死に押し留めた。<br />
	「じゃあ、俺もう行くよ」<br />
	「あ、うん。ま、&hellip;またね！」<br />
	　結構な勇気を振り絞って、その言葉を掛ける。また会えますように、という希望を込めて。立橋は特別それを聞き咎めた様子も見せず、同じように「またな」と笑った。それだけで胸が高鳴る。<br />
	　遠ざかる背中をしばらく見やってから、ひえええ、と情けない声を発した。<br />
	「ま、まろんちゃ～ん&hellip;私、私今すっっっごく幸せだあ～」<br />
	　言ってから、ふと思い出す。自分が迷っていたことを。&hellip;&hellip;&hellip;道、わかるだろうか。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;マロンちゃん、またここ、来れる？」<br />
	　くうん？　と愛犬が可愛らしく鳴いて、小首を傾げた。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	　人間、がんばればどうにでもなるものである。<br />
	　がんばらなくては道がわからないという現状こそ、どうにかしなくてはいけないものなのかもしれないが。<br />
	　とにもかくにも。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;来れた」<br />
	「わん！」<br />
	　マロンは呑気である。無理もない。<br />
	　穂香は公園の入り口で立ち止まると、勢いよく首を振って公園内を見渡す。優しそうな顔をしたお婆さんとお爺さんがいる。夫婦だろうか、なんだかすごく幸せそうだ。いいなあ、ああいうの、憧れるなあ。なんて思って思わずジッと見入ってから数秒後、我に返る。違った、そうじゃなかった。<br />
	　再度丹念に視線を巡らせ、それから公園の周囲にも目を向けてみたが、会いたい人物の姿はない。<br />
	　ガックリ、と肩を落とす。現実はそんなに甘くない。<br />
	「う～&hellip;&hellip;&hellip;、い、いやでも、でもでも、ずっと前進したんだから。毎朝&hellip;あ、でも毎朝はキツイなあ&hellip;学校あるしちょこっと遠いし&hellip;&hellip;&hellip;ど、土曜日？　土曜日とか？　う、うん、そのあたり。そのあたりで頑張ろう」<br />
	　美津が聞けば、少しくらい無理をしなサイと怒られそうな発言だ。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	　スウ、と息を吸う。冷たい空気が心地よい。<br />
	「また、会えるかな」<br />
	　ぎゅう、とリードを握る力を強める。<br />
	　会えるといいな。&hellip;会いたいな。<br />
	　小さく呟いた言葉は、朝の空気に沁み込んで、じんわりと穂香の身体に広がっていった。<br />
	<br />
	<br />
	　<a href="http://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/Category/1/4/"><strong>&rarr;NEXT</strong></a><br />
	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right; line-height: 200%">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">朝の空気と昨日の吐息</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">絶対ではないと知っていたって、期待してしまう気持ちは、どうしたって止められなかった。</font><br />
	&nbsp;</p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/03.%20%E6%9C%9D%E3%81%AE%E7%A9%BA%E6%B0%97%E3%81%A8%E6%98%A8%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%90%90%E6%81%AF</link>
    <pubDate>Sun, 08 Apr 2012 09:20:50 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>02. かわいい思い込み</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<p style="line-height: 200%">
	「―――そんなこんなで、一向に情報なんて手に入らないわけですけど」<br />
	　頬杖を突いた美津の言葉が、穂香にグサリと刺さる。<br />
	「え、なんの情報？　ねえなんの情報？」<br />
	　ぴょんぴょこと犬のように尻尾を振る――もちろん、比喩である。しかし本当にそうなっていてもおかしくないくらいのはしゃぎようだ――のは、羽川（はねかわ）真樹（まさき）。字面だけ見ると女の子でも全く問題なさそうな、正真正銘の男の子だ。背が高くて、ひょろりとしている。人懐こい笑みがよく似合う彼は、美津の彼氏の座に在る御方である。もちろん、彼の上に更に美津がどっしり構えているなんてこと、言わずもがな。<br />
	「アンタは関係ないから、黙っときなさい。あと跳（は）ねない。跳（と）ばない」<br />
	　端的な指示に、ピシリと止まる真樹の姿は、まさしく飼い主の命令に従う忠犬そのものだ。<br />
	　彼は、大人しく美津の隣に並んだ。その後ろを、穂香がとぼとぼ歩いている。<br />
	　後には、体育館で全校集会が控えているのである。この調子では、先生の話をまともに聞いていそうにないな、と美津は穂香の姿を見て思った。とはいえ、自分だってそう真剣に先生の話を聴くつもりはない。内容はほどほどに憶えておくけれど、それだけだ。<br />
	「う～&hellip;で、でもでも、次の大会日はしっかりチェックしてるもん！」<br />
	「へえ。で、それ、何か月先なの？」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	　穂香は黙り込んだ。<br />
	　真樹は命令どおり、お口にチャック状態だが、目だけで「なんの大会？」と訝しがっているのがすぐにわかる。ここまで単純な人間はそうそういまい。とはいえ、穂香も真樹とどっこいどっこいな性格だけれど。<br />
	「それで彼女いたらショックでかいよね&hellip;」<br />
	「きゃ～、言わないでーっ！」<br />
	　目に涙を浮かべ始めた穂香の姿に、真樹はポンと手を打つ。黙れ、と言われたことは、その瞬間に吹っ飛んだようだった。<br />
	「わーかった！　ほのっち好きな人いるんだあ！」<br />
	「お、大声で暴露しないでー！　マキちゃんのばかー！」<br />
	　ギャアギャア喚く二人は、十分に目立っていた。もはや静かにしろと言うことすら面倒で、美津はハアとため息を吐いた。馬鹿馬鹿しくてやっていられない。その片方は自分の彼氏で、もう片方が親友だなんて、本当に信じたくない。<br />
	　二人の不毛な言い争いは、体育館に着いてから先生に注意されるまで続いた。<br />
	<br />
	　―――ま、そう焦ったって、状況は変わりっこないわよ。<br />
	<br />
	　先生に叱られたことと、自分の現状についてのダブルダメージでへこたれていた穂香は、全校集会が始まる前に美津がつっけんどんに、けれど明らかに穂香を慰めるために口にした言葉を頭に浮かべた。<br />
	　さすがに、その言葉に「そうだよね！」と気持ちを切り替えてどっしり構えられるほど、穂香は楽観的な性格をしていなかった。<br />
	　もし、彼にもう彼女がいたら。しかもそれがすごくすごーく仲が良くてお似合いで、お互いのことを分かりあっていますなんて感じだったら、絶対に手なんて出せない。声なんて掛けられない。いや、&ldquo;彼女がいる&rdquo;の一点だけで、穂香は彼を諦めるだろう。諦められなくたって、諦めるのだ。それは相当難しいことだろうけれど。略奪愛なんて、自分には向いていない。そんなことくらいは、わかっている。<br />
	　だから穂香が祈るのは、彼に彼女がいなくて―――できれば、好きな人もいないこと、だ。そこから自分のことを好きになってくれる確率なんて、ほんの僅かなものだけれど、少しでも希望が残っているなら、穂香はそれで満足できると思う。<br />
	　―――問題は、彼の素性が一切わからず、そもそも&ldquo;出会える&rdquo;のかどうかが怪しい、ということなのだけれど。<br />
	　それを考えたら、一時浮上しかけた気分が、一気に下降に向かった。<br />
	　大会で、その姿をこの目に納められたとして。<br />
	　その後、どうやったら知り合えるだろうか。<br />
	　大会から出てくるところを待つか、学校に張り込んで帰るところを待つか、&hellip;&hellip;&hellip;そんなことしか思いつかない。事実、そうでもしなければ出会えないような気がした。<br />
	　だけれど自分に、それをする勇気があるかどうか。―――いや、あるはずだ。素性さえわかれば、きっとできる、&hellip;はず。<br />
	　そんな自問自答を繰り返していると、気付いたら先生の話は終わっていた。内容はちっとも頭に入っていない。<br />
	　パチパチパチパチ、拍手が響く。なぜ拍手しているのかもわからないまま、とりあえず周りに合わせて、手を叩く。檀上を見れば、どうやら表彰式のようで、表彰状を受け取った生徒が、元いた場所に戻っていくところだった。その姿をなんとはなしに目で追っていく。<br />
	　壇上には、何人かが上がっている。すごいなあ、と穂香は思った。穂香は茶道部だ。週一の部活で、周りの子とも仲が良くて、すごく楽しいけれど、&ldquo;大会&rdquo;なんて大きな舞台で何かをすることはない。文化祭で、抹茶と茶菓子を振る舞ったけれど&hellip;&hellip;&hellip;そのくらいだ。<br />
	　ふよふよと視線を動かし、グッと引き締まった表情をしている彼らを、順々に見ていき、<br />
	「―――あっ！」<br />
	　思わず、声を上げてしまったのは、仕方がないことだと思った。<br />
	　何事だとばかりに自分に集まる視線に、穂香は羞恥（しゅうち）から頬を朱く染め上げ、俯（うつむ）く。やってしまった。<br />
	　―――だけど。<br />
	　見つけた。<br />
	　見つけた、見つけた見つけた！<br />
	　にんまり、と浮かんだ笑みを、隠すことができない。キャーッ、と心の中で叫んで、スカートに顔を埋（うず）めた。<br />
	　壇上に立った、一人の男子生徒。容姿はよくわからないけれど、あの眼差しだけは忘れっこない。<br />
	　灯台下暗し、とはまさしくこのことだ。まさか自分と同じ高校だったなんて！<br />
	「う～～～～&hellip;&hellip;&hellip;っ」<br />
	　唸り始めた穂香を、周りがギョッとした顔で見ていたのだが、今の穂香はそれすらも気付けないほど、興奮していた。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	「ばっかじゃないの」<br />
	　以上が、舞い上がる穂香の報告を聞いた、友人の一言である。<br />
	「え、えええええ！？　ば、ばか&hellip;！？」<br />
	「馬鹿でしょ。馬鹿でしかないでしょ。あんだけ散々騒いどいて、同じ学校ってなに。気付きなさいよそのくらい！」<br />
	「う&hellip;だ、だって&hellip;柔道って、私、これまで興味無かったし」<br />
	「唯一わかってることが、柔道部、なんだから。自分の高校の柔道部くらいチェックなさい。その上で、柔道部の連中に声掛けるとか&hellip;方法はいくらでもあったでしょうに」<br />
	　まさか何もしてないとは思わなかったわ、とこともなさげにフンと息を吐く美津に、穂香はキョトンと目を瞬かせた。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;そっか、そういう方法があったんだ」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	　好きだ好きだもう一度会いたいと言う割に、あまりに受動的な穂香に、美津は心底呆れてみせた。まあ、そっち方面に免疫がない彼女が、そこまで積極的に動くことは、最初から期待していなかったけれど。<br />
	「でもでも、おんなじ学校ってわかったんだもん。学年だって、名前だって」<br />
	　立橋（たてはし）貴一（きいち）。一年生。穂香と同じだ。<br />
	　聴いた瞬間に、穂香の胸はドキリと跳ねた。それはなんだか、不思議な魔力を放つ名前だった。<br />
	「おんなじ学校だったら&hellip;帰り道に会うかもしれないし、廊下ですれ違うかもしれないし、それにクラスだって一緒になるかも&hellip;」<br />
	「甘い！」<br />
	　妄想を広げる穂香に、美津は喝を入れる。<br />
	「見事に全部、偶然の神頼みじゃないの！　少しは自分で行動しなさい！」<br />
	「う&hellip;。わ、わかってる&hellip;&hellip;&hellip;よう」<br />
	　言葉尻が沈んでいってしまったのは、わかっているけれど実際行動に移せるかどうか、断言できなかったからだ。美津はやはり呆れたような、それでいて少し心配そうな顔をしている。<br />
	「&hellip;穂香。なんでもかんでも待ってばっかりだと、肝心なところでチャンスを掴めないんだからね。それで後悔するのは自分なんだから、&hellip;それはしっかり頭に叩き込んどきなさいよ」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;うん」<br />
	　なんだかんだで、美津は優しい。<br />
	　思わず、にんまり笑うと、「なによ」と訝しげな親友の顔。<br />
	「えへへ、みっちゃんと友達になれてよかったなー、って思ってたの」<br />
	「&hellip;アンタなにこっ恥ずかしいこと口にしてんの」<br />
	　そう言う美津の頬は、少し赤い。<br />
	「私、がんばるね。みっちゃん、前に言ってくれたもんね。もし会えたら、全力で応援してあげるって」<br />
	　プイと顔を背けた親友が、堪らなく好きだなあと思って。<br />
	　それは、彼に対する&ldquo;好き&rdquo;とは種類が違うけれど、とても大切なものだということは、知っているから。<br />
	「&hellip;アタシは口にしたことは守るのが信条なの！」<br />
	　だから。<br />
	　こんな風に、一緒に騒いでくれる人がいるから。<br />
	　恋の始まりは、こんなに素敵に始まるのだなと。<br />
	　そんな取り留めもないことを思った。<br />
	<br />
	<br />
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	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">かわいい思い込み</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">なにも変わってなんかいないのに、一歩近づけた気がしたの。</font></p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/02.%20%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%81%84%E3%81%84%E6%80%9D%E3%81%84%E8%BE%BC%E3%81%BF</link>
    <pubDate>Sun, 25 Mar 2012 12:40:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>01. 君が魅力的すぎる件について</title>
    <description>
    <![CDATA[<p style="line-height: 200%">
	<br />
	　ダンッ、と鈍い音が響いた。<br />
	「技あり！」<br />
	　審判が叫ぶ。湧き上がる歓声。<br />
	　―――どうやら、今ので勝敗が決まったらしい。<br />
	　ぼんやりした頭で、それのみ理解する。それ以外のことはわからない。なにせ久瀬（くぜ）穂香（ほのか）は、柔道のルールなんて、さっぱり知らないのだ。恰好が恰好だから、「ああ、これは柔道の試合なんだ」とわかる程度。空手と間違えなかったことが奇跡。ここにいるのだって、ほんの偶然。ただの気まぐれ。<br />
	　だから、&ldquo;それ&rdquo;だって、偶然。&hellip;でも、気まぐれなんかじゃ片付けられない。<br />
	　なんとはなしにみた、敗者の姿。<br />
	　彼は、上半身だけ起こして、ジッと勝者を見ていた。ピンと伸びた背筋。鋭い眼光。<br />
	　その瞳には、非常に静かだった。どこまでも静かで、けれど確かに、なんらかの決意が込められた瞳。ギラつくような強烈さは無く、ただひたすらに強い、光。<br />
	<br />
	　―――――――――それに、魅せられた。<br />
	<br />
	　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
	<br />
	「で、めでたく一目惚れ、と」<br />
	　友人が恋に落ちた顛末（てんまつ）を聞いたところで、彼女――安城（あんじょう）美津（みつ）には、特に興味のない話だったのだろう。どちらかといえば、自分の爪の状態の方が気になるらしく、先程からしきりに触っている。<br />
	「ほん&hellip;&hellip;&hellip;っとに、すごかったんだから！」<br />
	「はいはい、わかったわかった」<br />
	　気の無い返事に、う～&hellip;と唸る。なんでこの子、こんな素っ気ないのだろう。自分の友人が必死に話しているっていうのに。穂香はそれが、少しばかり不満だ。<br />
	　ぷくり、と膨れた頬を一瞥した美津が、次にその頬をプスリと突いた。逆の方に空気が押し出されて、より変な顔になる。ブハッ、と吹き出したのはそうした張本人だ。<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;みっちゃんの馬鹿」<br />
	「あはは、ごっ&hellip;めん、ってば。いやでも傑作。ほんとスゴイいい仕事したと思うわアタシ！」<br />
	「な、にそれー！」<br />
	　ひどいよひどいよ、とペシペシ美津を叩けば、落ち着きなさいと逆に諭される。誰の所為だと。その言葉は、グッと飲み込んだ。<br />
	　ともあれ美津の興味は、ようやく爪から友人へ移ったようだ。<br />
	「穂香が一目惚れしたのはわかった。うん、スポーツやってる時って、普段より二割増しでカッコよく見えるって相場が決まってるものね」<br />
	「ふ、普段からカッコいいんだよ！」<br />
	「普段なんて、アンタ知らないでしょーよ」<br />
	　的確な指摘に、うぐ&hellip;と言葉を詰まらせる。<br />
	「第一、そこでポーッとして、名前やら学校名やら、ぜーんぶ見てこないって、どういう了見？」<br />
	　柔道の大会なんてね、そうポンポン開かれてるもんじゃないのよ。となんとも耳の痛い言葉に、穂香はますます項垂れる。そうなのだ。あまりに見惚れすぎて、彼の情報を得ることをすっかり忘れてしまったのだ。その事実に気付いた時、どれほど愕然としたことか。<br />
	　おまけに、何回戦だったのかさえもわからないため、候補を絞ることさえ無理だった。かろうじて、大会の日にちから、それが個人戦だったということがわかったくらいだ。それから、大会名。どうやら新人大会、らしい。三年生はこの時期にはもう、部活を引退している。つまり、穂香の想い人は、一年生か二年生だ。逆に言うと、そのくらいしかわからない。それだけの情報で彼を突き止めるなど、土台無理な話である。<br />
	「あーっ、神様お願いします、私を今すぐ先週の土曜日にお戻しください！」<br />
	「神様はそんな願いをいちいち叶えてるほど暇じゃないわよ」<br />
	　穂香の叫びをバッサリ切り捨てた美津の瞳は、「しょうがない子ねえ&hellip;」という眼差しで彼女を見つめている。<br />
	「なんか他になかったの？　ほら、身体的特徴とか」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;。見れば、わかると思うんだけど」<br />
	「見てわからないと抜かしたら殴るわよ。それか、今まさにそうしてあげましょーか？」<br />
	「けけけ結構です！」<br />
	　慌てて首を横に振る。どうやら自分は、友人相手に、言わなくてもいいことまで口にしたらしかった。<br />
	「はあ～&hellip;もうかんっぺき、情報ゼロだわ。探すなんて絶対無理。むしろそれで探し出せたなら、諸手（もろて）を挙げて応援してあげるわよ」<br />
	「も、て&hellip;え、えーと？」<br />
	　目をぱちくりと瞬かせていると、ハア&hellip;と目の前で美津がため息を吐いた。<br />
	「要するに！　そんな条件で探し出せるわけないから、もしそれができたら、いっそ運命だと思って全力で応援してあげるわよ、ってこと！」<br />
	「ほ、ほんと！？　みっちゃんありがとう！」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
	　美津が完全に押し黙った。<br />
	「でも運命って&hellip;素敵な響きだよね」<br />
	　ぽうっと頬を朱く染めながら、夢見がちに宙を見つめる穂香に、美津が「アタシはむしろ、なんでアンタの頭の中がそこまでお花畑なのかが知りたいわ」と冷めた声で呟いたが、当然のように穂香の耳には届いていない。頭の中が、彼の真っ直ぐで強い眼差しに、埋め尽くされていたからだった。<br />
	　いつかもう一度、会いたい。<br />
	　あの瞳を、見たい。<br />
	　一目でも見ることが叶ったなら、穂香にはそれを&ldquo;彼&rdquo;だとわかる自信があった。それほど、あの瞳は印象的だったのだ。背格好も、何もわからないけれど、あの瞳だけは、絶対に忘れない。<br />
	「あのね&hellip;先に言っとくけど、過度の期待はしないことよ、恋愛初心者。期待した分裏切られるのが、世の中の常識なんだからね」<br />
	　美津が呆れたように、それでいて心配そうに、言う。<br />
	　うんうんとニンマリ緩んだ頬をそのままに一定間隔で首を振る穂香の姿に、こと恋愛においては彼女よりもずっと大人な友人は、本日何度目かのため息を吐いたのだった。<br />
	<br />
	<br />
	　<a href="http://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/Category/1/2/"><strong>&rarr;NEXT</strong></a><br />
	&nbsp;</p>
<p style="text-align: right">
	<font style="color: #fff0f5"><font style="font-size: x-large">君が魅力的すぎる件について</font></font><br />
	<font style="color: #ffffff">どうしようもなく溺れてしまうくらい、魅せられてしまったの。たった一瞬で。</font></p>
<p>
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</p>
]]>
    </description>
    <category>本編</category>
    <link>https://iwa6happy10love.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AC%E7%B7%A8/01.%20%E5%90%9B%E3%81%8C%E9%AD%85%E5%8A%9B%E7%9A%84%E3%81%99%E3%81%8E%E3%82%8B%E4%BB%B6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6</link>
    <pubDate>Sun, 18 Mar 2012 05:20:00 GMT</pubDate>
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  </item>

    </channel>
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